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​​​​​部落差別の深層へ ​―続「バリバラ」「かんさい熱視線」の部落問題特集​​​​​​​​ ​​たつの市民に分断を持ち込んだNHK​​の正体


​​​部落差別の深層へ
―続「バリバラ」「かんさい熱視線」の部落問題特集​
​​​​​​
たつの市民に分断を持ち込んだNHK​​の正体​​




​​映画『男はつらいよ-寅次郎夕焼け小焼け』​​
​JR本竜野駅に飾られていた。寅さんはたつの市のシンボルのようだ。この映画は1976年に公開されたシリーズ17作目。寅次郎は、ふらりと訪れたこのたつの市で「ぼたん」という名の美しく気っ風のいい芸者(太地喜和子)と出会い、連日宴席をともにし、親しくなる。そこからいつものように人情話が展開するのだ。人の価値を地位とか財産で判断しない寅さん。たつの市の街と自然と人情が織りなす風情が気持ちを和ませる映画だ。​​​

はじめに
 
 たつの市に行ってきました。
 NHKの「かんさい熱視線」の「部落差別はいま―たつの市実態調査から―」の報道が、美しい自然と詩情あふれた街のイメージを傷つけたようです。
 三木露風の「赤とんぼ」、映画『フ―テンの寅さん』が描いた美しい自然とやさしい人間たちの心はこの地を日本の故郷にしました。そして、醤油と皮革産業は汗水たらして働く健気な人間の物づくりへの情熱の尊さを揖保川の流れのように脈々と伝えてきました。
 この街を歩きながら、いつどこで発生しているかわからない部落差別幻想を持ち込み、分断を煽り、この街の風情を壊してはいけないと思った。恐らく市民のみなさんもそう思っているだろう。
 今回はマスメディアという権力を乱用して、同和対策継続・復活を進める「解放同盟」(同和推進派)の皆さんの主張を全面的に広報した「かんさい熱視線」の誠に浅はかな意図を明確にしていきます。
​​龍野城のたぬきと桜
隅櫓(すみやぐら)と満開の桜が青い空の下で映えていた。
龍野城は、鶏籠山のふもとにあり、霞城(かじょう)と呼ばれている。その領主の変遷は権力者の播州争奪戦の中でめまぐるしい。江戸時代に一度破却されたが、1672年に脇坂安政によって龍野城が再建された。この際山頂の城郭は放棄され、現在の地に陣屋形式の城郭がつくられた。現在の本丸御殿は1979年に再建されたものである。石垣は当時のままだが、御殿、武具櫓、隅櫓、埋門などが再建された。​​​​



​1、「かんさい熱視線」は都合の悪い附帯決議を無視した ​
 「かんさい熱視線」は部落差別解消推進法(2016年12月16日)の附帯決議には触れずに無視し、たつの市の人権条例、生活実態調査を持ちあげ全国に拡散しようとする意図が丸見えでした。
 当然ながら放送法の公平・中立の原則を逸脱しています。
 附帯決議とは、国会の衆議院及び参議院の委員会が法律案を可決する際に、当該委員会の意思を表明するものとして行う決議のことで、法の趣旨を明瞭にするためのものです。
 そこで衆議院法務委員会、参議院法務委員会の両方で決議されているが、法の趣旨を明瞭に述べている参院の附帯決議を紹介させていただきます。

附帯決議の内容(参議院法務委員会附帯決議)​

 国及び地方公共団体は、本法に基づく部落差別の解消に関する施策を実施するに当たり、地域社会の実情を踏まえつつ、次の事項について格段の配慮をすべきである。
1、部落差別のない社会の実現に向けては、部落差別を解消する必要性に対する国民の理解を深めるよう努めることはもとより、​過去の民間運動団体の行き過ぎた言動等、部落差別の解消を阻害していた要因を踏まえ、これに対する対策を講ずることも併せて、総合的に施策を実施すること。​
​2、教育及び啓発を実施するに当たっては、当該教育及び啓発により新たな差別を生むことがないように留意しつつ、それが真に部落差別の解消に資するものとなるよう、その内容、手法等に配慮すること。​
​3、国は、部落差別の解消に関する施策の実施に資するための部落差別の実態に係る調査を実施するに当たっては、当該調査により新たな差別を生むことがないように留意しつつ、それが真に部落差別の解消に資するものとなるよう、その内容、手法等について慎重に検討すること。​
 右決議する。


 誠に抽象的な文章なのでわかりにくいとは思いますが、この文章を読むと以下の疑問がわくと思います。

1で指摘されている「過去の民間運動団体」とはどの団体を指すのか?
2で指摘されている「教育および啓発により新たな差別を生む」とはどういうこと?
3で指摘されている「当該調査により新たな差別を生むことのないように留意しつつ」とは何か?


​2、その答えは政府地域改善対策協議会意見書(1986年8月6日)にある ​
​◯「意見書」は確認・糾弾は「部落問題を面倒にした」と指摘した​
 「同和問題に関する自由な意見交換を阻害している大きな要因は、民間運動団体の行き過ぎた言動にある。民間運動団体の確認・糾弾という激しい行動形態が、国民に同和問題はこわい問題、面倒な問題であるとの意識を植え付け、同和問題に関する国民各層の批判や意見の公表を抑制してしまっている」(意見書抜粋)
​※1の答えは「解放同盟」となります。​

​◯「意見書」は差別意識を生む新たな要因を指摘した​
​ 「近代民主主義社会においては、因習的な差別意識は、本来、時の経過とともに薄れゆく性質のものである。実態面の改善や効果的啓発は、その過程を大幅に早めることに貢献する。しかし、 新しい要因による新たな意識は、その新しい要因が克服されなければ解消されることは困難である」として、「今日、差別意識の解消を阻害し、また、新たな差別意識を生む様々な新しい要因が存在していることが挙げられる」として次の指摘をしている(意見書抜粋)。 ​
 
第1、行政の主体性の欠如である。
第2、同和関係者の自立、向上の精神のかん養の視点の軽視である。
第3、えせ同和行為の横行である。
第4、同和問題についての自由な意見の潜在化傾向である。

※2の答えは「解放同盟」の教育・啓発への介入、特に「解放学級」となります。​
※3の答えは4つの要因を生み出す「基礎」に悪用される市民意識調査・生活実態です。

◯以上、結論的にいえば、政府の「意見書」をまじめに読めば部落問題の解決を妨げているのは「解放同盟」になる。​

​​​​天才詩人・三木露風生家
竜野城の前にある。露風は1889(明治22)年、父・三木節次郎、母・かたの長男として生まれた。5歳の時に両親が離婚し、祖父の元に引き取られて育てられた。 

​早熟の天才であり、小中学生時代から詩や俳句・短歌を新聞や雑誌に寄稿していた。1905(明治38)年に17歳で処女詩集『夏姫』を、1909(明治42)年には20歳で代表作『廃園』を出版し、北原白秋とともに注目された。​​​​​​

​3、いつまでも終わらない同和対策を終わらせる法律​
 1969(昭和44)年に国会で成立した同和対策事業特別措置法は、当初は10年間の時限立法として開始しましたが、改正と延長、新規立法などが制定され、2002(平成14)年に終了するまで、33年間で約15兆円の国家予算が費やされました。これに自治体の予算も加わりますから、総額は20兆円をこえるといわれています。 
 その後も、「解放同盟」(同和派)のいいなりの自治体の多い西日本の一部の自治体、九州ではほとんどの自治体で、独自に同和対策事業を行っています。その根拠は「部落差別が存在する限り、同和対策を」というものです。誰が書いているか、発信しているかわからないものが多い「ネット差別」は格好の根拠とされています。
 こうした経緯の中で「部落差別の解消の推進に関する法律」(2016年12月16日)ができました。その内容はおもに「第1条 この法律は、現在もなお部落差別が存在するとともに、情報化の進展に伴って部落差別に関する状況の変化」に対応するものとし、同和対策の継続や復活を意図するものではありません。むしろ、附帯決議と一体的に理解すれば、「終わらない同和対策」を速やかに終わらせる法律なのです。

​​​三木露風の母・碧川かたは社会運動家だった​​​​​
露風は龍野中学校(現・兵庫県立龍野高等学校)で一年学んだ後、中退して上京。早稲田大学および慶應義塾大学で学んだ。 
1918(大正7)年頃から、鈴木三重吉の赤い鳥運動に参加し、童謡の作詞を手掛ける。1921(大正10)年には童謡集『真珠島』を出版した。本書に収録された童謡「赤とんぼ」は、山田耕筰によって作曲され、現代でも広く知られている。 
碧川 かたは明治2(1869年)年に鳥取県で生まれた。夫・節次郎の不貞が原因で離婚。自立を目指し東京帝国大学看護婦養成所に入所して、看護婦となる。その後、市川シズエらとともに婦人参政権運動に取り組むようになる。露風は母親を愛し、その運動を支援した。​​
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​4、なぜNHKは「解放同盟」の広報の役割を果たしのか​
 NHKに限らずマスメディアには「部落差別」の定義や、「部落差別」の解決された状態についての明確な展望を持っていません。そのうえに、「解放同盟」の「差別語狩り」に基づく、「確認・糾弾」の後遺症が深く刻まれているために、部落問題報道は「解放同盟」の情報や意見に頼らざるを得ないのです。「泣く子と地頭には勝てぬ」「長い物には巻かれよ」という日本のマスメディアの後進性の現れです。
 その結果、「かんさい熱視線」は部落差別解消推進法と一体のものである附帯決議を完全に無視しました。無視しなければ「解放同盟」の「新しい差別意識」を生む、行き過ぎた運動行為、同和対策に触れざるを得なくなるからです。
 今回の放送の目的は、「解放同盟」が全国の自治体に人権条例を制定させ、実態調査を行わせ、同和対策を復活させるための基本計画の策定を後押しすることでした。実際に番組でも、たつの市が今回の調査をもとに「計画案」を策定するために審議会を開催し、検討することが紹介されていました。
 さらに、番組ではわざわざ担当記者に人権条例を制定した全国の自治体が89(2020年7月時点)あると紹介し、「実際には調査や対策に乗り出している自治体は限られている」と、人権条例や実態調査を実施しないことがあたかも問題かのように指摘させました。
 「あんたらは『解放同盟』の広報官か!」


​​​うすくち龍野醤油資料館(登録有形文​化財)​
​​​​​​​入館料は10円。嘘ではない本当だ。
中には醤油づくりの工程、こうじむろ・桶・樽などの製造用具、歴史資料が展示されていて予想以上に見ごたえがあった。​
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龍野の醤油づくりは、天正15(1587)年にはじまったと伝えられ、有名な淡口(うすくち)醤油は300年前からはじまった。​​​​​
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​5、SNSを使えばマスメディアの偏向した部落問題報道は変えられる​
​ マスメディアは第4の権力といわれています。第4の権力とは、立法と行政、司法の三権に加えて、それらを監視する権力をもつマスコミや報道機関のことです。​
​ 第5の権力とは、立法・司法・行政、それに20世紀型のマスコミや報道機関(第4の権力)に加え、オンラインでつながることで世界80億人全員が握る新しい権力のことです。​
 森喜朗東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長(元総理)は女性蔑視発言をSNSで世界中に拡散され、ツィッターなどによる猛抗議の広がる中、辞任に追い込まれました。個人がスマートホンやパソコンを通じて世界中の人々とネットワークで結ばれている社会の力を見せつけました。
 NHKは「NHKスペシャル―緊迫ミャンマー 市民たちのデジタル・レジスタンス」(4月4日)では在日ミャンマー人たちによるSNS上の投稿動画の徹底解析による軍による弾圧の実態を明るみにし、世界に発信している姿を放送しました。
​ 「かんさい熱視線」と同じテレビ局とは思えない。​
​ 第5の権力は確実に成長し、世界の政治や経済に大きな影響を与えつつあることは確かなようです。日本の菅内閣はスマートホンの使用料を安くして、国民すべてに持たせようとしていますが、その目的は国民の個人情報をデータ化し、政治、経済的利用をすすめることにあることは明白ですが、国民側からいえば自己の意見を世界に発信する手段を得ることになるのです。​
​ 部落差別を本当に無くしたいと考えているすべての国民のみなさん、試しに、NHKに「二度と『解放同盟』広報放送をやるな」とメールを送ってみませんか。​
  
  送り方は、まずNHKを検索―「ご意見・問い合わせ」―「NHKの番組について」―「メールフォーム」と続き、メールフォームが出れば書くだけです。
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​全国生産量の4割を占める皮革​​
駅中の皮革製品販売ショップに入ると、おしゃれで美しい革製品が並んでいる。
たつの市の皮革の歴史は古い。伝承によれば1600年前に大陸から伝えられたといわれている。この地に皮革製造が盛んになった背景は、揖保川水系林田川があったこと、近くの室津には港があり、北前船が入り、他地方から原皮が入り、加工したものを販売するのに便利な地であったからと言われている。ビニールや合成皮革が登場しても、すたれることなく、皮革製造技術と皮革製品は進化し続け、新しいデザインのもとに販路を広げているという。




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​​​​​部落問題の深層へ​​ ​​―続「バリバラ」「かんさい熱視線」の部落問題特集 ​「​バリバラ」から見えてきたマスメディアの混迷​​​​​

​​​​​部落問題の深層へ​​
​​―続「バリバラ」「かんさい熱視線」の部落問題特集
​「​バリバラ」から見えてきたマスメディアの混迷​​​​​







はじめに

 
 拙い本ブログをお読みいただき心から感謝申し上げます。
 
 私たちは行政から補助金を一文もいただかず、自主財政で人権運動を続けていますので、2・3月は生活のために出稼ぎに行かなければなりません。誠に残念ながら新しいテーマで記事をアップする時間がありませんので、そこで今回は当ブログが発信したNHKの「バリバラ」と「かんさい熱視線」の部落問題特集の続編とさせていただきます。この​続編は「バリバラ編」と「かんさい熱視線編」の2回にわけてアップさせていただきます。​
 この続編を読まれ、お暇があれば前回の記事をもう一度お読みいただき、さらにご理解を深めていただければ幸いです。
 余談ですが、NHKの朝の連ドラ「おちょやん」泣けますね。特に働かないで酒ばかりのんでいる「おとん」、昔の「部落」(かつて部落差別を受けていた地域)にいました。飲んでいても楽しくなさそうで、見ていて悲しくなりました。







​雪の日の彦根城​
幸運にもみんなのアイドルひこにゃんが雪の日にもかかわらず黄色い雨具を着て出てきてくれた。​

雪の積もる瓦屋根と白壁が借景となり、かわいい姿が映えていた。​​​




​​1、「バリバラ」と「かんさい熱視線」を放送法に照らして検討してみよう​​

 今回は放送法(昭和25年法律第132号)に基づき「バリバラ」と「かんさい熱視線」について考えてみたいと思います。
 放送法の第四条では、放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たっては、「次の各号の定めるところによらなければならない」とあります。

1、公安及び善良な風俗を害しないこと。
2、政治的に公平であること。
3、報道は事実をまげないですること。
4、意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

※違法性があるとしたら、国民の財産である電波を格安に利用し、視聴者から受信料を半ば強制的に徴収する公共放送であるNHKは国民に謝罪し、放送内容の是正を行わなければなりませんね。


参照記事 20210120
バリバラ」「かんさい熱視線」の部落問題特集には邪な意図があった​ ​​​​​​​​NHKのめざす空想的部落差別社会​​​ ​​




​国宝彦根城​
雪が残る天守閣は国宝である。1992(平成4)年に日本の世界遺産暫定リストに掲載されたものの、近年の世界遺産登録が厳格化されたため、20年以上推薦は見送られている。​

誠に申し訳ないが、建物の美しさと風格には目を見張るが、所詮権力者の敵への恐怖の産物が建物として形となったものである。



​​2、私たちが注目しているのは次の通りです。​​

​①​報道は事実をまげてはいけない​

 「バリバラ」は部落差別の本質が人種・黒人差別と同じであるかのような印象を持たせる演出を行っていました。
 こうした演出の背景には「バリバラ」製作者に部落差別の明確な定義がないためであると、すでに指摘しました。定義がなければ部落差別は日本民族内の問題であろうが、人種・民族問題であろうが関係なくなり、差別一般として普遍化されることになります。
 その結果、番組にあったように黒人リポーターが「部落」を取材し、黒人差別との同質性を強調すれば部落差別は人種・黒人差別と同じように認識され、これを在日朝鮮人のリポーターがやれば民族差別として認識されるのです。
 部落差別が人種・民族差別と混同させる、同じものと認識させることは、放送法の「事実をまげる」の規定に反するばかりでなく、権威あるNHKがそうした報道をすることで、すでに「ネット」の中に存在する「異民族・異人種説」に基づく幼稚な記事にお墨付きを与え、部落差別解消を願う国民が苦しんだ「異民族・異人種説」の復活への道を開く危険性があるのです。

​②部落問題は日本民族の問題であるという定義は明確​

 同和対策審議会答申 (昭和40年、以下「同対審答申」)が定義した部落問題の定義は以下のとおりです。
​ 「いわゆる同和問題とは,日本社会の歴史的発展の過程において形成された身分階層構造に基づく差別により,日本国民の一部の集団が経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ,現代社会においても,なおいちじるしく基本的人権を侵害され,とくに,近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていないという,もっとも深刻にして重大な社会問題である」として、明確に「異人種・異民族説」を完全に否定しています。​

◯この「異人種・異民族説」は部落差別を正当化する根拠に使われていた時代がありました。中には「人類学的調査」(鳥居龍蔵・『日出新聞』1898年2月)まで行って人種的特徴を立証しようとしたこともありましたが、反対に「部落民」特有の人種的特徴がないことが証明される結果となりました。

◯島崎藤村は小説『破戒』を書いた後、その取材ノートとも言うべき『山国の新平民』の中に、「こういう風に世の中にきらわれている特別な種族だから独立した事業という方面には随分これまでも発達し得られただろうが、知識という方の側にそういう種族が発達しえるかどうか」と書いています。
 この事例で藤村が差別者であったなどいうつもりはありません。言いたいことは、当時の進歩的といわれる学者、知識人、文化人、社会運動家といわれる中にも「異人種・異民族説」の強い影響を受けていた人たちが存在し、それから類推すれば、国民の間においては「異人種・異民族説」が相当根深く浸透していたいうことです。
 「異人種・異民族説」の背景にあるのは農民と少数の職能集団である「部落民」との長い間の隔絶の歴史にあります。閉ざされた壁の内側にいる「部落民」は「異界の人」であり、農民が恐怖と妄想を掻きたて「異人種・異民族」を創作していくには充分な条件でした。
 今日では異人種・異民族だからと言う理由で差別を正当化できないことはいうまでもありませんが、日本の歴史過程の中で、死穢の思想と身分制とが結びつく平安時代の頃から明治の「解放令」まで続いた隔絶社会における習慣や因習から生まれた認識が簡単に変わらなかったことも事実として認識しておく必要があります。
 






雪の玄宮園(げんきゅうえん)
背後の山上にある天守閣が借景となり茅葺の建物と池が映える。この日は雪。白い風景が静寂につつまれていた。​

玄宮園は国の特別史跡「彦根城跡」の区域、および隣接する楽々園とともに「玄宮楽々園」として国の名勝に指定されている。
玄宮園は井伊家の代々の当主が整備し、江戸時代後期の文化10(1813)年には第11代藩主井伊直中の隠居屋敷として再整備され、今日に近い形に整えられたといわれる。​​




​3、「異人種・異民族説」を完全に否定することから同和対策ははじまった​​

 絶大な権威をもつNHKの製作した「バリバラ」はとても危険な世界に国民を引き込もうとしています。それは、すでに政府、自治体、部落解放運動団体(「解放同盟」も含め)、国民が長い相克を通じて到達した「異人種・異民族説」の完全否定に風穴を開け、死に絶えつつある人種・民族起源説に新しい生命を与える可能性です。 
 匿名性が高く、非科学的認識が横行しやすい「ネット」を培地として、「異人種・異民族説」にもとづく空想と妄想を広げられ、部落差別の解消に大きな弊害が生み出される危険性があるのです。

​ 権威あるマスメディア関係者への要望​​

①「バリバラ」は日本政府の到達している基本的認識を揺るがし、部落差別と民族問題の本質がまるで同じかのような表現と演出を行い、国民の事実誤認を誘発しています。すべてのメディアがこうした報道のもたらす危険性を認識され報道されたい。

②「同対審答申」が敢えて人種・民族問題ではないことを明言した背景には、古来より、日本人の一部に差別の根拠として「異人種・異民族説」が根強く存在し、部落差別解消の弊害となっていたためです。こうした歴史的到達点を改めて確認していただきたい。誤解や錯誤を生む報道は厳に慎んでいただきたい。

③いうまでもなく黒人差別は白人優位の政治、社会、経済構造を守るために皮膚の色を口実にして排除・忌避する差別であり、構造の変革なしに心の問題とするだけでは解決し得ない問題です。一方、部落差別は封建社会において発生し、資本主義社会が成熟を遂げ、民主主義が定着していけば無用な思想的残滓として解消するものです。
 差別の歴史性と個別性を理解され、科学的な報道をされたい。



参照記事 20190605
差別とたたかえる人、差別をもてあそぶ人 ​-若一光司さんと長谷川豊さんの人権認識の落差を検証する-


​黄水仙​
厳しかった冬がようやく終わるのを告げてくれる花だ。 

日本でスイセンと呼ばれている花ですが、「水仙」という名前は中国から伝わったもので「水に咲く仙人のように美しい花」という意味。 
花言葉は「うぬぼれ」「自己愛」「エゴイズム」といった意味がある。黄水仙の花言葉は「私のもとへ帰って」「愛に応えて」らしい。
嫁に逃げられた一人暮らしにはキツイ花のようだ。


​​4、お粗末さん―「バリバラ」を製作したディレクタ―​

 最後に、「バリバラ」を製作したディレクタ―斉藤勇城さんが語った「バリバラ」の制作裏話が、『部落解放・人権入門2021』(「解放出版社」)に掲載されているので紹介しておこう。
​​ 「部落問題が語られるとき、『日本固有の』という形容詞がつくことが多いと思うんですが、固有としてしまうと、解決を諦めがちになってしまうという気がします。固有としないで、他の差別の歴史と比較することで類似点とか相違点が出てきて、相対化することで前に進めるヒントがあるんじゃないか」。​​
​ この程度の認識でテレビ制作ができるとは....。​

 ​お粗末その①―「『日本固有の問題』にしてしまうと解決しない」という認識について​

​​ 「日本固有」の問題にしてしまえば部落問題が解決を「諦めがち」になるのはあなただけだと思います。よしんば本当に「諦めがち」になるとすれば、あなたにとっては、これまでの日本の国および自治体の努力、国民の努力は無駄だったことになり、部落問題に特化した「部落差別解消推進法」も「人権条例」も役に立たないことになります。また、固有ではなく普遍的な差別問題に転化させれば、部落差別の定義はますますわからなくなりますから、最も大切な部落差別を解消する道筋もわからなくります。​​

 ​はっきりしていることは、この人は​
 ①部落差別の定義がわかっていない。
 ②定義が無いから部落問題解決の到達点がわかっていない。
 ③部落問題の解決した状態(ゴール)がわかっていないから、進むべき先がわかっていない。
 マスメディアは第4の権力だ。部落問題がわかっていないのに味方のふりをして権力を濫用するなよ、ややこしくなるだけだぞ。

 ​お粗末その②―「相対化(そうたいか)することで前にすすめるヒントがある」という認識について​

 「相対化」とは、絶対的な物事の見方を否定して、他との関係や比較を前提にして考えるようにすることを意味する言葉ですね。この製作者は部落問題を「日本固有」の問題としてしまえば、「解決を諦めがちになる」として、部落問題の歴史的属性を否定し、人種・民族差別との共通性を取り上げ解決しようとしているのです。だから黒人タレントの視点で番組をつくり差別の普遍性を強調し、黒人差別も部落差別も一緒くたにしてしまったのですね。
 「固有」と「相対化」は分離・分割して認識すべきものではなく、現実の実践の中で統一的に認識されるべきものですから、現実から離れた空想の中では成立し得ない認識なのです。
 最後に、マスメディアのみなさん。放送法を順守するために、番組を制作する際には「解放同盟」の皆さんの意見だけでなく、「対立意見」をもつ地域人権連のご意見も聞かれてはどうでしょうか。来年は水平社創立100年、それくらいの姿勢転換をしてもバチは当たらないと思いますが....。



参照記事 
20200930
​​あなたは差別意識がなぜ生まれるか知っていますか? 人権教育・啓発が新しい差別社会をつくる



明石城の梅
1617年(元和3年)信濃松本藩主より明石藩主となった小笠原忠真は譜代大名にふさわしい居城として城郭を建設するよう、将軍徳川秀忠より築城命令された。​

天守台は築かれたものの天守は建てられず、四隅に櫓が建てられた。高い石垣と櫓は天守がなくても威厳と美しさがある。
明石城は桜の名所としては知られているが、梅は知られていない。しかし、公園の片隅に咲く数本の紅梅と白梅は春光を照り返す城郭の一部となっている。


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​​​ ​​「バリバラ」「かんさい熱視線」の部落問題特集には邪な意図があった NHKのめざす空想的部落差別社会

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​​​​「バリバラ」「かんさい熱視線」の
部落問題特集には
邪な意図があった​​​

​​​​​​​NHKのめざす空想的部落差別社会​​
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​ ​はじめに​

 NHKがやってくれました。
 昨年末に「バリバラ」と「かんさい熱視線」で、国民を「空想的部落差別」(以下「空想差別」)ともいうべき異次元の世界に迷いこませる「画期的」な番組を放送してくれました。
​ 「空想差別」というのは、「幽霊の正体みたり枯れ尾花」という諺にもありますように、部落差別の実体験もないのに、メディアやSNSの「情報」に過敏に反応し、「不安を感じる」「将来心配だ」という心理的要因が高じて部落差別の実態が現実に存在するかのように「空想」し、その不安や恐怖に怯えることです。​
​ この「空想差別」が発生する原因は国や自治体による同和教育・啓発、非科学的な部落解放運動理論、偏ったメディアの情報などで形成される認知バイアス(思いこみ、偏見)にあります。​
 今回のNHK放送を分析すると、この認知バイアスを巧みに操り、
①国民を「被差別者」と「差別者」に分断する。
②国民を「差別者」に仕立て上げる。
③「部落差別」を解決不能な課題にする。
 という社会進歩を無視した新しい国民分断を進めようとする悪質な意図が見えてきます。
 「まさか天下の公共放送がそんなことするはずがない!」という声が聞こえてきそうですが、番組内容を分析し、それが事実であることを証明させていただきます。


※空想―現実ではない虚構の世界をあれこれ思いめぐらすことであるが、空想には二つの異なる側面がある。その一つはまったく非現実的で「幻想」illusionとよばれるものに近く、他の側面はより現実的で「想像」imaginationとよばれるものに近い。幻想の意味で空想が取り上げられるときには、現実に満たすことのできない願望を空想活動によって満たすものと考えられる。この意味では、空想と願望は密接な関係をもっている。
(株式式会社平凡社・世界大百科事典)​




​​​ノラ猫軍団・みんなでテレビ観賞―なんで黒人タレントで「水平社宣言」なの?

「水平社宣言」が世界でも優れた「人権宣言」のひとつであることはまちがいがない。でも人気黒人タレントのひとが紋付袴姿で読み叫ぶ姿には違和感を感じたよ。
差別はいけないのは共通しているが、人種差別と民族内差別はちがう。そんなことは我々でもわかる。NHKさん、なんでも同じにすればいいもんではないよ。すれば混乱しかないのだ。仲間の一人は混乱してお手上げしたぞ。
黒人の皆さんには1963年に行われた人種差別撤廃を求めるデモ「ワシントン大行進」(参加者が20万人)で、キング牧師が行った演説「I Have a Dream(私には夢がある)」がある。​​





​1、NHKが拡散する「部落」に対する認知バイアス​​
 認知バイアスとは偏見、固執、先入観、偏った好みなどを指します。人間は同じ特徴を持つものをひとまとめにして概念(カテゴリー)化します。この機能がなければ世界を認識し、記憶し、言葉にすることはできません。人間はその概念を一般化し、固定化し、代表例(プロトタイプ・Prototype)を創ります。部落差別でいえば「部落はこわい」「『部落民』は結婚差別や就職差別を受ける」「『部落民』は同和対策を受けている」などが典型的な代表例です。 
​​ 当然ながら「部落民」などという民族は日本には存在しません。また、今日ではほとんど結婚、就職差別も発生していません。しかし、メディアはその事実については報道しません。反対に、誰が書いているかわからない「ネット差別」、稀に発生する差別事象を大々的に報道します。その方が世間の話題になり、新聞や雑誌が売れ、テレビの視聴率が上がるからです。さらに、そうした報道が繰り返し行われると、リハーサル効果により、国民の記憶の中に「部落差別」の定着が進み、実態からかけ離れた「部落」に対する認知バイアスが強化されることになるのです。​​
​ 今回の放送の中で結婚差別を乗り越え、あるいは差別を受けることなく祝福を受けて結婚した人たちは登場していましたか?今日では圧倒的に多数派なのですよ。​
​ こうした視点でNHKの前記の二つの番組を検証すると、「部落差別」を解消するために製作されたものではなく、国民の「部落」に対する​認知バイアス​を再生・強化することが目的であったことがわかります。​
 ではこの認知バイアス再生・強化の手法を「バリバラ」で検証したいと思います。

​●​「バリバラ」の手法①―「部落差別」の基本的性格を無視させる​​​

​​​​ 「バリバラ」は部落問題の特集番組の第1弾として、「BLACK IN BURAKU~アフリカンアメリカン、被差別部落をゆく」を前編(2020年2月6日)と後編(2020年2月13日)​に分けて放送し、第2弾として、「ブラクとの出会い方」前編(2020年12月10日)、「人の世に熱あれ」後編(2020年12月17日)が放送されました。念のために、いずれの番組も録画して数回にわたり見せていただきました。​​​​
 第1弾のテーマは「部落問題はタブー?アフリカ系アメリカ人の視点を借りて捉えなおす」というものでした。番組は今流行りのグローバルな視点で部落問題を考えるという斬新な企画。と思わせる構成でしたが、実際には黒人問題にほとんど触れることなく、やたらに「部落」という言葉を連発し、今日でも「部落差別」が日本社会に根深く存在しているかのような印象を視聴者に強く与えました。
 第2弾も人気黒人リポーターを登場させ、「部落」を「隠さず」にまちづくりをする大阪市民を登場させ、「部落差別」を解決することの大切さを訴えました。さらに、徳島の人形芸能と結婚差別を結び付けて、「部落差別」の悲劇性と「部落差別」の根深さを強調しました。
 ​黒人の皆さんに「部落差別」をリポートさせたのは何故か?​
 私たちはトランプ政権誕生以後表面化した、アメリカの黒人に対する暴力や構造的な人種差別をメディアを通じて知っています。特にブラック・ライヴズ・マター(Black Lives Matter)運動で報道された白人警官による無抵抗な黒人への暴力や殺害、人種による犯罪者に対する不平等な取り扱いについては、人権の先進国アメリカに対するイメージを変えました。
 私たちは黒人リポーターが取材し、報告する姿を見ると、心の中で黒人差別と「部落差別」を必然的に重ね合わせることになり、「部落差別」も黒人差別も同質であるという認識を持たされることになるのです。その結果、基本的性格も歴史的成立過程も違う差別問題が普遍化され、人間の本性に関わる解決不能な課題かのように誤解させてしまうのです。

​​※詳しくは本ブログ「2017年11月―橋下徹氏の有田芳生に対する批判から考える部落問題の理解度」をお読みください。​​​

​​●​「バリバラ」の手法②―定義のない「部落差別」​​

 私は「バリバラ」をよく見ています。それは障害者がありのままの姿で出演し、本音で語る番組なので、障害者問題に疎い私にとって新鮮で示唆をあたえてくれる番組です。だから司会者が少々うるさいのは慣れていましたが、今回については司会者とナレーションが、まるでバナナのたたき売りのように、「部落!部落!」を連呼し、「部落差別」の存在を強調しつづける進行にはいささか閉口させられました。
​ なぜ、これほど感情的になるのか? ​
​ それは「部落」とは何か?「部落差別」とは何か?という定義(本質)を説明することなく、番組が製作されているために、感情論が中心にならざるを得ないからです。司会者は科学的な解決方向が明確にされていないために、視聴者の感情に訴えるしかないために感情的にならざるをえないのです。こうした強い感情に触れると、視聴者は大阪府においては依然として集団的に差別を受け続けている「部落」があると感性的に受けとめ、同和教育(解放教育)・啓発を受けた時の記憶と同化させ、「『部落差別』は根強い」と認知バイアスを強化させます。その結果、同情する心理だけが強くなればいいが、反対に忌避の心理を強くする場合もあるのです。​
​ 一方で、「被差別者」からいえば、差別を続ける、あるいは差別を許している大阪府民が根強く存在するという認知バイアスを持つことになり、「部落」と市民の分断は深刻さを増すことになります。 ​
 NHKは「部落差別」とは何か?について本当に理解せずに番組を制作していたとしたら、受信料を収めている日本国民の悲劇ですね。もし、意識的に無視しているとすれば、​何か邪な意図を持って制作されたことになります。​
 
​​​​​​​​※詳しくは本ブログ「2018年1月29日・消えゆく『部落民』―心のゴースト③​​​​​心になぜ差別・偏見というゴーストが生み出されるかを探究する​​​」をお読みください。​​​​​​​​







​●「バリバラ」の手法③―「被差別者」が「差別と感じれば」差別になる​

 番組が紹介した「部落差別」の実態といえば、「部落」に住んでいる案内者が語ったのは同和対策で住環境整備事業が行われる前の話しばかりでしたね。最近の差別については、「付近の人は駅のガードのどちらかに住むかによって妙に接し方を変えることがある」と話していることだけでした。そうNHKは、差別が現実に生起しているというエビデンス(evidence・証拠・根拠、証言)がなくても「被差別者」が「差別を感じる」ことも「差別」に含めているのです。
 「感じる」とは、感覚器官の刺激を通して情報を得て、痛み、屈辱などの感情を抱くことですから、「部落差別」は実態がなくても感情で創られることになるのです。「被差別者」の感情を大切にすることは大切ですが、「感じる」を差別にしてしまえば差別は差別の実態を立証することなく、個人の「感じ方」によって決まり、「被差別者」が「差別だ」といえば「差別」になってしまうのです。
​​ 思い出してください。かつての「確認・糾弾」が横行していた時代を。当時の「解放同盟」の幹部たちは「部落民」の差別に対する不安と怒りを「部落民以外は差別者」という分断の理論(敵意と憎悪感情)に転化させ、激情的な行動に駆り立て、教育史上未曾有の八鹿高校事件まで引き起こしたことを。​​
 驚くべきことにNHKは「被差別者」が「差別と感じる」ことを差別であるという認識を改めて正当化し、拡散したのです。その目的は何か?深く考えてみる必要があります。

​●「バリバラ」の手法④―「被差別者」は悲劇的な存在でなければならない​​

 第2弾の放送では徳島県の「部落」の人たちが担ってきたという木偶人形による門づけ芸、三番叟・箱回しという「阿波木偶まわし」の伝統芸を復活させてきた人たちを登場させ、その芸と芸人に対する、かつての差別の歴史をクローズアップし、伝統芸の、優れた芸が「部落」の人たちに育てられ守られてきたこと、一旦は中断したが復活させたという素晴らしい物語がメインとなっていました。
 しかし、この伝統芸の物語に人形芸に関係する部落の女性と一般の男性が結婚に反対されて、自殺した事件を重ねられ、家に木偶人形があれば差別されるから「川に人形を流した」という悲劇的な出来事が加えられ、「部落差別」の非人道性と文化まで奪うことの理不尽さを強調したのです。
​ 番組ではこの直後に、「部落をルーツにもつ若い女性」に「いつどのタイミングで、子どもに『部落出身者』であることを伝えるか悩んでいる。(差別に)耐性のないときに差別を」と悩みを語る姿を写します。「部落」の置かれている悲劇性が強く印象づけられます。​
 門づけ芸、三番叟・箱回しなどの芸の中断は、戦後の高度経済成長の中で衰退したのが真相。さらに、「木偶人形があれば部落」と思われるからというのは誠に不思議な理由です。当時は同和対策の最盛期、同和対策が行われているかどうかで「部落」であるかどうかは簡単にわかるはず。さらに、番組で紹介された自殺は1972年に起こったことで、もう48年も前のことです。その時代の「部落差別」をめぐる状況と長期にわたり同和対策を実施し、同和教育や啓発を続けてきた今の時代の状況が同じではないことは明白です。もし同じであったとしたら同和対策や同和教育、はたまた部落解放運動は何の役にも立っていないことになります。
 勿論、結婚差別による自殺は理不尽で憤怒に絶えない出来事であることはいうまでもありませんが、番組の構成は明らかに過去の悲劇を強烈に印象づけした後に、今の「部落民」に悲しい心情を発露させることで、現在もなお「部落」の情況は悲劇的である。もしくは悲劇的になるかもしれないという​恐怖感を煽っているのです。​

​​​​​​※詳しくは本ブログ「2019年10月10日・私たちは人権社会を実現すると称して『憎悪の種』をまいてはいないか―京都アニメーションの事件現場を訪ねて」を参照されたい。​
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​​2、NHK「かんさい熱視線―部落差別はいま~たつの市の実態調査から」​​

 「バリバラ」では「部落差別」についての定義なしに、「部落差別」の実態はなくても、「被差別者」が差別であると「感じたら」差別になるという「空想から差別へ」ともいうべき主張が強調されました。 
 そして、「かんさい熱視線―部落差別はいま~たつの市の実態調査から」(「かんさい熱視線」2020・12月4日)においては、「『実態調査』は科学的なもの」という国民の認知バイアスを利用し、たつの市の「実態調査」の結果に基づき「部落差別」を立証し、「部落差別解消推進法」に基づく人権条例の制定、実態調査の必要性を全国に向けて発信しました。
 ​ここにNHKの邪な意図があったようです。​

​①「部落差別」に関する「実態調査」や「市民意識調査」には何の価値もない​​

 率直に言えば「部落」に関する「対象地区住民生活実態調査」(「生活実態調査」)も「市民意識調査」についても何の価値もないと考えています。
 価値がないというのは以下の理由からです。

◯「部落差別」に関する調査の目的は格差を明確にするものです。その調査結果を基に行われた同和対策は、すでに国および多くの自治体で終結しており、いまさら「部落」と「一般」を区別して格差を明らかにする「対象地区住民生活実態調査」などは日本国憲法に規定される基本的人権を侵害するものであり、犯罪的ともいえる行為です。 
 また、ご大層に調査などしなくても「部落」に残されている課題は主に貧困問題であり、それらは国民共通の課題です。貧困は「部落差別」の要因であっても本質ではなく、貧困は資本主義のあくなき利潤追求に根源があり、「部落」「一般」を区分けした同和対策で解決できると考えるのは経済学や社会学の基本的知識のない同和依存者の妄想にすぎません。

​※詳しくは本ブログ「2020年11月30日・消えゆく『部落民』―心のゴースト⑨​​​​​​​​​貧困と部落差別の深い関係​―国民もだまされた『同対審答申』の魔術」を参照ください。​​​​​​​​​​


◯当然のことながら、国や自治体は「部落差別はなくなりましたが、あなたは差別はあると思いますか?」などという意識調査はやりません。「なくなりました」であれば調査は必要ないからです。意識調査をやるということは、国や自治体が「差別はある」と考えているからです。

 たつの市の調査は部落差別解消推進法の根拠となった「ネット差別」などを事例に、「部落差別がある」ことを前提に行われていますから、調査協力者は「ある」という認知バイアスを強制されることになります。特に同和教育や人権教育・啓発を受けた経験のある人たちは、協力依頼文と記入表を見て、記憶を刺激され「部落差別はある」と心理誘導されることになりますから、「ある」という回答は必然的に増えることになります。
 ​これは「オレオレ詐欺」の心理誘導の原理と同じなのです。​
 
※詳しくは本ブログ「2019年04月16日・部落に関する意識調査の原理は『オレオレ詐欺』に似ている」を参照してください。​

​②いいかげんなたつの市の「生活実態調査」​

 たつの市の「生活実態調査」の報告書内容については、前記の理由で調査はやらなくてもいいと考えているので読んでいません。また、わざわざ報告内容を読み解いて反論するつもありません。なぜなら、前提の間違った調査から真理は発見できないからです。
 しかし、この二つの番組の目的が人権条例を全国に広げ、実態調査や意識調査を行わせ同和対策の継続、あるいは復活をすすめようとする意図があまりにも露骨すぎることと、たつの市の調査があまりにもいい加減すぎるので、番組で報道されていた内容に基づきコメントさせていただくことにしました。

◯いい加減のひとつ目は、調査が7000人にアンケート用紙を配り、その3割しか回答を得てないことです。7割の市民は協力しなかったのです。こうした市民の圧倒的多数は「めんどくさい」「あほらしい」「いまさら」と考えているのでしょう。さらに、こうした市民意識の中には「いつまでやるんだ」という反発も当然ながら存在しているものと考えられます。
この結果から言えることは、たつの市の市民は長年にわたる「同和、同和」に飽き飽きしているために、たつの市の心理誘導が効かなくなっていることです。

◯いい加減のふたつ目は、設問の「部落問題が残っていると感じたことがあるか」です。「バリバラ」でも「感じる」という主観が差別となってしまっていますが、ここでもそうなっているのです。それに対して、3割の回答者のうち地区内58.4%、地区外49.3%が「ある」と答えているです。その結果に対してたつの市長は「部落差別はなかなかきびしい」と語っているのです。「感じる」が「差別」に魔法のようにすりかえられているのです。
 その他の回答では、「結婚について周囲の反対がある」「同和地区への居住の敬遠がある」などという回答が紹介されていましたが、その情報源は自らの体験ではなく伝聞によるもので、同和教育や同和啓発から得た情報がおもなもののようです。
 そこで、私たちは直接たつの市の人権推進課に、人権相談の実績について問い合わせをしました。担当者は「過去3年間で30件ほど、うち同和関連は3件、内容は同和地区かどうかの問い合わせ」ということでした。「同和地区」を問い合わせることがいいとは思いませんが、その背景には旧態依然とした同和教育・啓発の継続、人権条例の制定や実態調査が「部落」に対する関心を呼び起こしているということがあるかもしれません。いずれにしてもかつてのような結婚、就職差別事件などは発生していないということでした。

​​③「感じる」を「差別」にすり替えるNHKの目的​​

 インタビューに登場した皮革工場の一人は自身は結婚差別を受けていないが「周囲の友人が結婚差別を受ける姿を見てきた」と語り、匿名の3人の子どもをもつ母親は将来「子どもたちが何か言われないか」と不安を語りました。恐らくNHKは差別の実態を聞きだそうとしていたのでしょうが、差別は伝聞によるものばかり、子どもの将来への不安だけでした。それでも番組に登場したNHKの記者は「部落差別は潜在的に根強く残っていると感じた」と強弁したのです。
 「バリバラ」もたつの市での「部落差別」も「感じ」なのです。そうした脆弱な論拠を意識してか、「部落差別」の事例として、「誰がどこから発信しているかわからない」新型コロナウイルスの感染を「部落差別」に結びつける悪質なインターネットの書き込みを事例にあげたのです。
 誠にいいにくことですが敢えて言わせていただければ、そんな書き込みは医療従事者や感染者に対する膨大な誹謗中傷に比べれば大したものではありません。しかも、この書き込みの内容があまりにも時宜に適っているには驚かされました。同時に、かつての「差別落書き」が横行した時代に、部落解放関係者の「自作・自演」が多くあったことを思い出さざるえませんでした。
 以上のようにテレビで紹介された調査報告は実態的な差別を立証したものではなく、最初から「同和地区」と「一般地区」を区分けし、「被差別者」が「感じれば差別」という極めて「空想的差別」なのです。人権条例、実態調査、同和対策の必要性を強調するための虚構番組なのです。

​​​​※詳しくは本ブログ「2017年10月18日・消えゆく『部落民』―心のゴースト① 「『橋下徹は部落の鬼っ子』部落解放同盟委員長に聞く―から検討する​」を参照してください。​​​

​​※詳しくは本ブログ「2020年09月30日・あなたは差別意識がなぜ生まれるか知っていますか? 人権教育・啓発が新しい差別社会をつくる」を参照してください。​​​






​3、NHKの二つの番組は「解放同盟」の理論と方針を拡散した​​

 
​ 最後にこのNHKの二つの番組が何故このような邪なものになったか解説したいと思います。​

​​◯邪な意図①―「部落」「部落民」を永久に固定化する​​

 「部落解放同盟」は「部落差別」が解消された状況を、「部落民」であっても差別されない社会であるという見解を持っています。「部落民」は固定化され、永遠に存在し続けるのです。「バリバラ」も「かんさい熱視線」も「部落」「部落民」という言葉を何のこだわりもなく使用していました。「部落解放同盟」と同じ認識に基づいて番組が制作されているからです。
 当然ながらこうした番組の趣旨を無批判に受け入れると、「部落」「部落民」は永遠に存在し続けることなりますから、「部落」「部落民」と「一般国民」の分断も永久に続くことになります。「部落差別」に不安な母親は子どもに「いつ部落出身」を伝えるか悩み続けることになるのです。
 賢明な皆さんはもうお分かりですね。「部落民」が成立する前提は「部落差別」です。「部落差別」がなくなれば「部落民」も存在しませんから、「部落民」として解放されることは絶対にありません。新型コロナウイルスが消滅すれば、患者がいなくなり、誹謗・中傷がなくなるのと同じなのです。
 「部落差別」の解消過程は「部落民」の消滅過程に比例するのです。そう両方ともほぼ同時に消滅するのです。これは簡単な事実です。
 
​○邪な意図②―「部落民」を異民族と誤解させる​​

​ マスメディアは第4の権力といわれていますね。その代表格であるNHKが放送の中で「部落」「部落民」を連呼させ、番組出演者の皆さんを「部落をルーツに持つ人たち」とまで紹介していました。まさに「部落差別」が民族差別であるかのような誤解を与える演出です。さらに、「バリバラ」では黒人タレントに「水平社宣言」を声高に読ませ、宣言の国際的価値を強調するように見せかけながら、「部落差別」が民族差別と同質であるかのような印象づけを行っていました。​
 「部落差別」は日本民族の内部の差別問題です。現代における部落差別は封建社会の身分イデオロギーの残滓から派生しているもので、人民の民主主義運動の発展と日本国憲法に基づく基本的人権を基調とする民主社会が成熟し、封建的な社会関係・身分イデオロギーが解消する中で、実態的にも観念的にも消滅していくものなのです。
 こうした科学的認識を半ば無視し、​日本民族内に「部落民」という「異民族」があたかも存在するかのように演出することは、国民の財産である電波を格安に利用し、視聴者から受信料を半ば強制的に徴収する公共放送であるNHKのやるべきことではないはず。​

​〇邪な意図③―人権条例と実態調査を全国に広げる​​

 「まさか天下の公共放送がそんなことするはずがない!」という疑問は解けましたか。
 そうなんです。NHKは「部落差別」の定義も、その解決の到達点も無視して、「解放同盟」の走狗となってしまっているのです。
 番組は部落差別解消推進法(附帯決議も含む)の趣旨を捻じ曲げ、人権条例を制定させ、実態調査を行わせ、同和対策を復活させるための基本計画の策定を後押しすることでした。実際に番組でも、たつの市が今回の調査をもとに「計画案」を策定するために審議会を開催し、検討することが紹介されていました。
 番組ではわざわざ担当記者が人権条例を制定した全国の自治体が89(2020年7月)あると紹介し、「実際には調査や対策に乗り出している自治体は限られている」と、人権条例や実態調査を実施しないことが問題かのように指摘し、「たつの市の取組みが注目されている」と強調するのです。
 結局、「バリバラ」と「かんさい熱視線」は不偏不党であるべき公共放送の使命を投げ捨てて、「解放同盟」の誤った理論を大々的に宣伝し、人権条例、実態調査、同和対策の維持および復活を進めるためのキャンペーンであったのです。

​​​​​​※詳しくは「2020年03月17日・ことわざで考える-部落差別の解消の推進に関する法律 「人権条例」は自治体の発行する「同和補助金の誓約書」」を参照してください。​​







 ​さいごに​​
 
 「本当の敵は味方のふりをして現れる」という諺があります。「部落差別」はいけないと、「被差別者」に寄り添うふりをして、「部落差別」の拡大に手を貸しているのがNHKなのです。
 悪いですね。
 悪いのはNHKに限ったことではありません。マスメディアにも認知バイアスが存在しています。「八鹿高校事件」が報道されなかったのはそのためです。一方で、マスメディアは国民の認知バイアスを利用して「洗脳」する能力があることをわすれてはいけません。戦前、天皇は「現人神」であり、そのもとで行われた戦争は「聖戦」であったのです。その「洗脳」の先頭で旗を振ったのはマスメディアだったのです。
 念のために、私たちはNHKの番組すべてが悪いとはおもっていません。NHKの受信料は滞納せずに払っていますし、払うことで放送の公共性と独立性を守るのが正しいと考えています。また、部落解放運動からいえば、「解放同盟」の御用新聞ともいえる『朝日新聞』も定期購読しています。
 今回のこの二つの部落問題特集は、権威の発する情報を疑い、勇気を持って自分の認識までを疑い、是正すべき時期に来ていることを強く感じさせる内容でした。​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

消えゆく「部落民」―心のゴースト⑨​​​​​​​​​貧困と部落差別の深い関係​ 国民もだまされた「同対審答申」の魔術

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​​​消えゆく「部落民」―心のゴースト⑨
​​​​​​​​​貧困と部落差別の深い関係​

​国民もだまされた「同対審答申」の魔術​




​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ 謹賀新年 ​​​​​​​  におしえてもらう部落問題 ​​​​​​​​​
私たちのブログの発信者はノラ猫軍団だ。
なぜ、生物の進化の頂点に立つホモ・サピエンス様に「部落差別はいけない」などと、ノラ猫に説教させるのかって?
人間ならば「人間が人間を差別してはいけない」という簡単な真理は理解できるはず。さらに、封建社会に生まれた「部落差別」の思想は現代においては「残りカス」だ。それを残し続けることは社会発展にとって弊害となるのだ。
しかし、その「部落差別」を少数だがもてあそぶ人たちが存在し、それを取り上げ、「部落差別」の本質や解決方法を知らないくせに、知ったかぶりして、大げさにバズらせようとする運動団体や報道機関が未だに存在していることが不思議だからだ。
そこで私たちは人間が説得してもだめなこうした人たちの説得は猫たちにお願いしようと丸投げしたのだ。
このノラ猫軍団、人間ではないだけに人間の本質から「部落差別」を科学的にとらえていて面白いと大好評だ。
今年もがんばってもらおう。​​​​​
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はじめに
 
​ ネット上では「部落」​(かつて部落差別の対象にされた地域)​が今なお貧困な状態に置かれているというイメージが意識的に創られているようですね。その例がネット上に羅列されている「部落」といわれる画像です。それらはほとんどが劣悪な住環境におかれていた過去のものであり、大きく変化している現在の「部落」の姿ではありません。依然として部落差別=貧困というイメージは振りまかれているのです。​
 これは国民の耳目を集め、部落問題に関心を持たせ同和対策の必要性を理解させるために大量に振りまかれた旧い情報が更新されず残存しているか、部落差別の実態を誤認させる目的で意識的に発信しているかのどちらかでしょう。
 「部落解放同盟」(同和派)と一部自治体はこのイメージに乗っかかり、「部落差別解消推進法」の目的を都合よく解釈し、人権条例を制定し、人権意識調査だけでなく生活実態調査まで行わせ、「部落」の貧困問題を解決するという名目で「部落」同和対策の継続、あるいは復活をしようとしているのです。
 あくなき経済成長の追求は環境破壊をすすめ、多発する気候変動による災害の多発は確実に人類の生存を脅かし、新型コロナによるパンデミックは国民の貧困を深刻化させつつあります。こんな中で、「部落」だけが「同和対策で貧困を解決する」などといえば国民のヒンシュクと怒りをかい孤立することは明白です。
 大げさにいえば人類が危機に直面する中、「部落差別」などという脳の染みにとらわれ、特別対策で貧困を解決するなどという思想に意味があるかどうか、明確に答えを出すべき段階にきているのではないでしょうか。
 今回はあまり議論されてこなかった部落差別と貧困の相互関係について問題提起させていただきますので、ぜひご一緒にお考えください。


​◯いったいあとどれくらい経済成長すれば、人々は豊かになるのだろうか。経済成長を目指して、「痛みを伴う」構造改革や量的緩和を行いながら、労働配分率は低下し、格差は拡大しつづけているではないか。そして、経済成長はいつまで自然を犠牲にしつづけるのだろうか。​
(斎藤幸平『人新世の「資本論」』集英社新書) ​








​​​はじまりは天平時代​ 

信楽焼は滋賀県甲賀市信楽を中心に作られる陶器で、狸の焼き物が有名ですが、天平時代に生まれたと言われる日本六古窯の1つで、とても歴史は古いのだ。

はじまりは聖武天皇が紫香楽宮(しがらきのみや)を作る時に、瓦を焼いたのが始まりと言われ、信楽の外れに遺跡がある。
信楽焼きの特徴は特有の土味を発揮して、温かみのある火色(緋色)の発色と、自然釉による景色が人気である。国内だけでなく世界的にも高い評価を受けているらしい。
そういえばNHKの朝ドラ「スカーレット」では火鉢が製作されていたね。​​

​​1、「同対審答申」の貧困規定は誤りだった​​

 同和対策という歴史的事業は1965(昭和40)年8月に出された『同和対策審議会答申』(「同対審答申」)によってはじまりました。この時期は日本の高度経済成長期にあたり、経済学者アダムスミスが描いたように経済成長により生みだされた富は最下層の人々にも及ぶという成長賛美の時代の産物でもありました。
​​ 「同対審答申」は貧困を「同和地区における人口、住宅の過密性、道路、上下水道、居住形式など物的環境の荒廃状況はきわめて顕著である。それらは、職業選択の制限されていること、通婚圏の狭いこととは無関係ではない。(中略)そこには『差別』が原因となって、『貧困』が同居している。同和地区がしばしば一般低所得地区と同一視されることがあるが、それは必ずしも正しい認識ではない」(2・同和問題の概観・同和問題の理解)と、「部落」における「貧困」の原因は「部落差別」であり、一般の貧困とは区別されると規定しました。​​
 どのような審議を経てこのような規定になったかについては紙数の都合で書けませんが、この規定には以下の誤りが内包されていました。
①「部落」の貧困の要因のひとつに部落差別があることは事実ですが、根本原因は資本主義の利潤を増やすための経済成長にあることを無視したことです。そのことは今日、部落差別が大きく解消してきているにもかかわらず貧困がますます深刻化している現状を見ればわかります。
②貧困を「部落」と「一般低所得地区」とに対立化させたことにより、「部落」を特別な貧困地区として位置づけ、部落の貧困を特殊化しました。一方で、国民の貧困を解決をするために優先すべき一般行政水準の引き上げを先送りにしました。
​③「部落」の貧困の根本原因を部落差別としたことにより、部落差別と貧困を同時的解決することが国や自治体の責任となったことです。実際にも、「同対審答申」に基づいて制定された同和対策事業特別措置法(1969年)では、部落差別の解消は国および自治体、国民の責務であることを明記しているのです。​
 こうした誤りは、「部落住民」に貧困の根本原因は部落差別であること、それを解決する責任は国および自治体、そして、差別者である国民にあるという認識を持たせる結果となったのです。
 この認識は、それまでの「部落住民」の一部にあった憎悪感情と結合し、「部落」に対する特別対策は行政や一般国民による積年にわたる差別の代償であるという「部落差別代償論」などという「心のゴースト」まで生み出したのです。


​〇どの個人もできるだけ自分の資本を国内の労働を支えることに用いるように努めその生産物が最大の価値をもつように労働を方向づけることにも努めるのであるから、必然的に社会の年間収入をできるだけ大きくしようと努めることになる。確かに個人は、一般に公共の利益を推進しようと意図していないし、どれほど推進しているかを知っているわけでもない。(中略)個人は多くの場合にも、他の多くの場合と同様に、見えざる手に導かれて、自分の意図の中にはまったくなかった目的を推進するのである。                   ​​​​​
​​(アダムスミス『国富論』四編二章)​​



​​

​​たぬきの置物信仰​​ 

はじめて造られてからわずか85年。その間に、この狸には相当多くの御利益という付加価値がつけられた。
笠・目・口元・お腹・お酒・大福帳・しっぽ・金袋の計8箇所には、それぞれ意味がつけられ、それぞれが福を呼んでくれそうだ。
例えば狸の笠は思いがけない災難や悪事から笠がまもってくれるそうでだ。酒を入れるとっくりは漢字では「徳利」と書くので商売繁盛につながるというのである。
「ほんまかいな?」ではあるが、狸の顔を見ると嘘でもうれしくなるから不思議だ。​​​



2、「同対審答申」が創りだした分断の思想

​ 
「同対審答申」の時代においても、「部落」は単一の階級ではなく、少ないとはいえ資本家もいれば、労働者も商売人もいました。さらに、高度経済成長期でもあったため、混住や一般地区との婚姻も進み、ゆっくりした足取りではありましたが、「同対審答申」の規定するような単一の身分の集住地ではなくなりつつあったのです。そうした流れを食い止める形で、一般の貧困と「部落」の貧困は区別されたのです。
 その結果、「部落」は新しい思想を強制されることになりました。その思想とは「同対審答申思想」ともいうべき分断の思想でした。
​①「同対審答申」とその後の同和対策は同和対策に対応するための新しい共同意識を生み出した。​
 高度経済成長の中で、「部落」は急激な階層分化が起こり、都市においては転入と転出が急激に進み、身分的紐帯に基づく共同意識が衰退しつつありました。同和対策はそれを押しとどめる役割を果たしただけでなく、同和対策推進とそれに依存する新しい共同意識を生みだしたのです。それが証拠に、同和対策が終結した「部落」では部落解放団体だけでなく、自治会をはじめ住民団体は急速に衰退しているのです。
​②「部落」の貧困の根本原因が部落差別とされたため敵は差別者のみになってしまった。​
 その結果、「部落民以外は差別者だ!」という被害者感情を煽る理論が貧困者の心をとらえ、過激な確認・糾弾行為を横行させただけでなく、「部落差別代償論」の要因となったのです。
​③行きすぎた貧困対策は逆差別を生み出した。​
 貧困を一日も早く解決するという大義名分のため、「部落住民」だけでなく、人権認識と民主的運動の未成熟な段階にあった部落解放運動までもが囲いこまれてしまったため、行き過ぎた同和対策、運動団体や運動系の研究団体への過度な補助金、市職員の選考採用などが全国的に行われ、国民的批判を受ける結果となったのです。


​◯往々にして、差別主義は被差別者の側にも起こりうるのです。差別主義は、現実の、または架空の差異を普遍化しまして、それを価値づけし、これを他への攻撃や他とは違う自己の特権のために利用する時に起こるものです。​
​(榊利夫『国民的融合論の展開』大月書店)​​
 





​​​たぬきは平和的で家族的​​

狸はオスとメスの番(つがい)で子育てし、家族をつくる。雑食性のため食料を確保するのにあまり困らず、人間の近くにいても人間の生活領域には入らず平和的に暮らしてきた。

しかし、高速道路で「たぬき飛び出し注意」という標識を見つけることがある。また、都会でも森や緑地の多い場所では交通事故で死ぬ狸が多いらしく、狸を危機にさらしているようだ。
長編映画『平成狸合戦ぽんぽこ』(高畑勲監督・スタジオジブリ作品)は住処を人間の乱開発で失う狸たちが人間に対し抵抗を試みる様子が描かれている。
狸が住めなくなるということは自然はがなくなり、やがて人間が破滅的な気候変動を迎えるということだから、おあいこだ。​​



3、貧困の定義と「部落」の状態
​​

 まず貧困について考えてみましょう。貧困は簡単に言えば低所得で生活水準が低いことを指します。さらに、貧困の定義は相対的貧困と絶対的貧困に分けられています。
 相対的貧困は、主に先進国における貧困といわれ、その国の中で特に所得が低く、平均的な生活がおくれない状態のことを指し、テレビやクーラー、車などを所有し、肥満で成人病になって医療を受けていても、その国の平均以下の所得であれば貧困であるとされるのです。日本では一般的には生活保護が貧困のボーダーラインとして認識されているようですが、生活保護以下の低年金、非正規労働者の低所得などが大きな問題になっており、曖昧な状況となっています。
 絶対的貧困とは、開発途上国のように飢餓に苦しみ、充分な医療を受けることができない人たちのように日常的に人間として最低限の生存を維持することが困難な状態を指します。
 かつて都市における「部落」は「植民地以下の劣悪な住環境および生活状況」とさえ言われるほど、歴然と、一般地区との生活および住環境に格差が存在していたので絶対的貧困の範疇にありました。しかし、日本国憲法に基づく基本的人権意識の定着が進み、「部落」に対する差別が急速に解消に進んだこと、同和対策による特別対策(特に大量の公営住宅の建設)と「部落住民」の自立的努力が相互作用し、「部落」の住環境、教育、就労状況は大きく改善されてきたため、今日では「部落」は絶対的貧困から脱しており、「同対審答申」の指摘したような画一的な貧困状態にもありません。もはや部落差別による貧困という「同対審答申」規定は破棄すべき段階に来ているのです。
​ いまや「部落」は同和対策という外被を自ら脱ぎ捨て、資本主義の生み出す貧困という鬼と「全集中」でたたかわなければならないのです。​


​​〇資本は、死んだ労働であって、吸血鬼のようにただ生きている労働を吸収することによってのみ活気づき、そしてそれを吸収すればするほどますます活気づくのである。労働者が労働する時間は、資本家が自分の買った労働力を消費する時間である。
(マルクス『資本論』第一巻第三篇第8章・労働日・あゆみ出版)
 




​​​​​​​​​​​​​​​日本史上に残る2匹の悪だぬき​​​​​​​​​​​​​​

「森友・加計問題」では政府の公文書を改ざん・焼却、国会では関与を否定し続けたが、とうとう尻尾をあらわした。
安倍晋三前首相が主催した「桜を見る会」を巡り、前夜に開かれた夕食会で有権者に飲食代を提供したとして、公選法違反(寄付行為)と政治資金規正法違反の疑いで、東京地検特捜部が前首相の秘書や地元支援者を任意で事情聴取していたことが明るみになった。
早速、安倍さんは首相在任中は「事務所の収入や支出は一切ない。会費はホテル側が設定した」などと強く疑惑を否定していたのに、「事務所、第一秘書のやったこと。私は知らなかった」などと嘘をつく。
「あの時、秘書に確かめんと答弁したんかい!」。菅義偉首相も「安倍さんから聞いたことを答弁しただけ」などと、責任逃れに終始。
この2匹の悪大だぬきを国民はどうするんだろうか?​​​



​​4、部落差別は解消しても貧困は残る​​

 「同対審答申」は「部落」の貧困の原因は部落差別であるとしたのは、貧困の根本原因である資本主義を否定することができないという限界のためです。そのために、部落差別=貧困という世界に「部落」を囲い込み、特別対策を講じざるを得なかったのです。
 しかし、貧困は根本的に解決できなくても部落差別は解決できるのです。実際に社会問題としての部落差別は基本的に解消しています。 
 改めて説明すれば、部落差別の原因は封建的な身分制の残滓から派生するものであり、資本主義社会を成立・発展させようとすれば、封建的身分制度を廃止し、形式的であってもすべての人間の自由と平等を保障しなければなりません。
 第二次大戦後の日本は主権在民、基本的人権の保障を明記し、封建的な旧制度を解体させました。さらに、高度経済成長は日本社会の旧い家族制度や共同社会の習俗・慣習を急速に解体させ、民主主義的価値観を深化させ、部落差別の社会的存在理由を解消させたのです。
 貧困は根本的には資本主義の利潤追求にかかわる問題であり、資本主義が民主的に改革されるまで貧困は継続することになります。その間、貧困層は様々な要因によって形成されます。高い社会的地位や財産を所有する階層に生まれた人々は基本的に裕福となり、社会的地位や財産のない貧困な階層に生まれた人々は低所得となる場合が多いのです。それが貧困の連鎖なのです。
 貧困な階層に属する人々には裕福になれない様々な要因が存在しています。親が貧困であること、教育環境に恵まれなかったために学力や学歴がないこと、慢性病を抱えていたり、精神疾患や障害があることなど様々です。同じように部落差別はこれらの要因のひとつでした。歴史的成立過程、基本的性格は違う問題であっても、特別扱いすべきものでもはなかったのです。
 資本主義は利潤を追求するためには生産や販売に必要な能力以外に価値を認めませんから、個々の要因などは眼中にはありません。また、価値が無くなれば冷酷に廃棄します。さらに、デジタル社会の到来は人間労働をAI・ITに置き換えるものですから、出自が「貴族」であろうが「部落」であろうが関係なく、選ばれた少数の人間しか必要でなくなるのです。
 エンゲルスが175年前に指摘した「生殺与奪」の権利は依然として資本家の掌中にあるのです。


​◯ブルジョアジー(資本家階級)は、プロレタリア(労働者階級)に対して生殺与奪の権を持っている。ブルジョアジーはプロレタリアにその生活手段を提供するが、それは一つの「等価物」とひきかえに、すなわちプロレタリアの労働とのひきかえに提供するのである。そのうえブルジョアジーは、まるで労働者が自由意志で行動し、自由な、強制されない同意によって、成年に達した人間として自分を契約を結んでいるかのような外観をも、労働者にあたえるのだ。​
(エンゲルス『イギリスにおける労働者階級の状態・競争』大月書店)





​​​​​コロナ禍の中で丑年をむかえる皆さん​​​

少し早いが、がまぐちを持った開運たぬき、忍者たぬき、おまけに幸運を招く招き猫までつけて、皆さんがコロナに感染せずに、幸せな来年を迎えていただくことを祈念させていただいた。
悪いたぬきが支配する日本にいると、つらいこともあるだろうが、いいたぬきがいることを信じて頑張っていこうぜ。​​

​5、貧困は世界の勤労者の力でしか解決できない​​

 最近、マルクス・エンゲルスが再評価されています。中でもベストセラーになっている斎藤幸平著『人新世の「資本論」』を読んでみました。この本の中で斎藤氏は「人間を資本蓄積のための道具として扱う資本主義は、自然もまた単なる略奪の対象とみなす。(中略)そして、そのような社会システムが、無限の経済成長を目指せば、地球環境が危機的状況に陥るのは、いわば当然の帰結なのである」と、資本主義のあくなき利潤追求が地球環境破壊をすすめ、異常気象、疫病などをもたらしていることを指摘しています。
​ さらに、「この惑星の少なからぬ部分が生態学的には手遅れの状態になっているだろう。資本主義が崩壊するよりも前に、地球が人類の住めない場所になっているわけだ」と、資本主義体制よりも人類が破滅に追い込まれるかもしれないと警告しているのです。​
 グローバル経済のもとで、正規雇用社員が減らされ非正規雇用社員が増加し続け、経済格差は大きく広がってきました。そうした中、新型コロナウイルスが世界経済を直撃し、急激な生産縮小が起こり、世界中で大量の雇い止めや解雇を生み出し、自殺者を急増させています。認めようと認めまいが​175年前のエンゲルスの指摘は厳然と生きているのです。​
 当然ながらこの書は中国や北朝鮮のような社会主義を標榜する独裁政権を容認する書ではなく、マルクスの学説を基礎に、資本主義による環境破壊から人類の破滅を阻止するために、脱成長と市民参加による協同の経済体制を実現するための提案を行っているのです。
 私たちは「同対審答申」が創りだした同和対策という分断の魔術から自ら目覚め、勤労者として資本の利潤追求から地球を守る共同の戦いに参加しなければならないようです。


​◯経済成長を追求すれば人々は豊かになると信じてきたが、人々が「豊かさ」と感じたのはスマートホンがもたらす大量の情報だったようだ。その結果、得たものは異常気象と新型コロナウイルスによるパンデミックだけであったかもしれない。
​​(斎藤幸平『人新世の「資本論」』集英社新書)​​

国立施設「ウポポイ(民族共生象徴空間)」開設 松浦武四郎から考えるアイヌ民族

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​​国立施設「ウポポイ(民族共生象徴空間)」開設
松浦武四郎から考えるアイヌ民族






 はじめに
 私たちはアイヌ(人間)が好きです。
 アイヌの信仰ではこの世の生きとし生けるものは神と考える。神たちはそれぞれ本国があり、本国では人間と同じように家を建てて村を造り、生活しているというのである。その神たちが人間界に遊びに来るときに、仮装してクマとなり、鳥となり、鮭となるというのである。だからよいアイヌを選んで身を捧げ、再び神の世界に帰るというのです。
 西洋の宗教のように動植物を人間の従属物とは考えず、人間と対等と考え敬うゆえ、乱獲や破壊は生まれない。これは仏教における「足るを知る」にも共通します。さらに、国連のすすめるMDGs(Millennium Development Goals 「ミレニアム開発目標」)を実現するための理念にも通じているのです。こんな深い温かい信仰をもち、それとともに生きてきた民族が日本に存在することが誠に素直に嬉しいのです。
 だから好きなのです。
 「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」(2019年・「アイヌ施策推進法」)が制定され、本年7月に国立施設「ウポポイ(民族共生象徴空間)」が開設されました。
 1899(明治32)年に『北海道旧土人保護法』が制定されてからほぼ100年を経て、日本の先住民族で日本国民であるアイヌの「誇り」が尊重される社会を実現するために、「ウポポイ」が設置された意味を深く考えなくてはなりません。
 それは日本国民が少数民族に対する理解を深め、共生社会を実現していくという法律的な建前ではなく、日本にはアイヌという素晴らしい歴史と文化を持った同胞の存在していることを認識し、そこから世界と日本を持続的発展の基礎となる思想と文化的恩恵を得られると考えられるからです。
 そこで今回は部落問題しかわからないのに人権の専門家面してしまう軽薄な自分たちへの戒めとして、日本の少数民族アイヌについて学習するはじめとして松浦武四郎記念館を訪ねました。







​​​​​​​​​​​​国立施設「ウポポイ(民族共生象徴空間)」の意味を考えよう​​​​​​​​​​

1899年に制定された「北海道旧土人保護法」は、1997年に「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及および啓発に関する法律」が制定され、アイヌを日本の法律の上で初めて民族として認め、アイヌの伝統的な文化を国と地方公共団体が保証し,振興していくものであると明記した。それとともに、アイヌを「土人」という侮蔑語で総称した「北海道旧土人保護法」は廃止された。​​その間ほぼ100年、アイヌは強制的に日本国民にされながら不当で屈辱的な扱いを受けてきたのである。​​

政府は法律を補充するために、2019年に「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」を制定し、「アイヌの人々が民族としての誇りを持って生活することができ、及びその誇りが尊重される社会の実現を図り、もって全ての国民が相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを目的とする。」アイヌ施策の推進を決定した。​​






​​​菅義偉官房長官(当時)も参加して開業された国立施設「ウポポイ」​

アイヌの文化復興を担う白老町の国立施設「ウポポイ」が7月12日に開業された。前日に開催された開業記念式典には、菅義偉官房長官(当時)、鈴木知事ら政府や道内自治体、北海道アイヌ協会の関係者ら約160人が参加して盛大に行われました。

主催者あいさつで、菅氏は「ウポポイは貴重なアイヌ文化を復興、発展させるとともに、我が国が多様で豊かな文化の社会をつくるための拠点。政府としてもPR、魅力向上に努めたい」などと述べた。(読売新聞より)
「アイヌ文化」の本質もわからずに官僚の用意した文章を読んだのでは?という疑いも残りますが、今は菅さんを信じるべきだと思います。
「ウホポイ」に対しては批判意見もあるようですが、「万世一系の天皇に統率される単一民族」という非科学的な民族信仰を持つ国会議員の多い日本で、少数民族の存在を認め、「アイヌ文化を復興、発展させる」という政府代表の言葉は重く、歴史的です。
​​今回はこの重さの意味を考えてみたい。​


※アイヌは固有に日本列島にいた民族である。
かれらは縄文的な採集のくらしを、弥生時代になってからも、頑固に守りつづけたひとびとの後裔であることは、まぎれない。もっとも、太古以来、アイヌがいまのアイヌ文化(文様も含めて)を持ち続けてきたわけではなかった。いまのアイヌ文化がはじまるのは考古学的には意外なほどあたらしく、せいぜい13世紀かららしい。
(司馬遼太郎・『オホーツク街道・街道をゆく』)




​​​​​アイヌを愛した―松浦武四郎​

アイヌの歴史を知るうえで必ず知っておかねばならない人物がいます。その人はアイヌ民族と日本民族の最初の架け橋となった松浦武四郎です。
武四郎は文化15(1818)年、三重県松阪市小野江町にて生まれました。17歳で家を飛び出し26歳までは日本全国をめぐる旅をしました。28歳から41歳までの間に合計6回(内3回は私費)に及ぶ蝦夷地(北海道)の探査を行ったのです。
51歳の時明治維新においては政府開拓使で蝦夷地にかわる道名、北加伊道(のちの北海道)という名前を考案しました。また、国名、郡名とその境界の撰定にも関わり、北海道発展の出発点を築くとともに、​国際的に権利概念が確立していない当時にアイヌを先住民として尊敬していたのです。
晩年68歳からは大台ケ原の探査を70歳までに3回、また70歳には富士山へも登っています。
その生涯は冒険家であり、旅の中で生き抜いた人生でした。作家の司馬遼太郎は次のように武四郎を評価している。
「江戸末期の松浦武四郎は、江戸文化が蒸留された一滴といえる。みずからの意志による北方探検の人であった。儒教夷狄観から脱した人文科学的思考者であり、薄明の天地人を知りたいという好奇心と不抜の意志の人であった。アイヌへの愛も深かった」。
(司馬遼太郎・『オホーツク街道・街道をゆく』)


●写真は武四郎肖像65歳の時の写真と伝えられるが、首からは勾玉など玉製品が数多く通された首飾りを下げるなど、古物の収集にも熱心であった。​​​​




​​「松浦武四郎記念館」を訪ねる​
  吉田松陰にも大きな影響を与えた

私たちは武四郎をさらに知るために三重県松阪市にある記念館を訪ねました。
そうなんです。武四郎さんはアイヌの住む蝦夷地とは程遠い三重県の出身なのです。なのになぜアイヌに関心を抱き、私費で何度も探検したのか?それを深く知ることが自分たちがアイヌを正しく理解するための導きの糸のように思われます。
記念館には松浦家から松阪市に寄贈された武四郎に関する貴重な資料が数多く収蔵されています。
平成20年(2008年)には、寄贈された資料のうち1503点が、国の重要文化財に指定され、展示室は、約2ヶ月ごとに資料を入れ替えながら、多彩な分野で活躍した武四郎の様々な姿を紹介しています。
資料館には武四郎28歳から41歳までの間に合計6度に及ぶ蝦夷地(北海道)の探査を記録した手書きの日記・絵日記や絵図が展示されています。
日記や絵図に書かれているアイヌたちの生活する姿はリアルであり、例外なく温かい。武四郎がアイヌの人々と心を通わせていたのが伝わってきます。
一方では蝦夷探検を通じて、日本の国防と明治維新に大きな影響を与えたことも資料で説明しています。
吉田松陰、頼三樹三郎など、維新を推進した指導者は武四郎の考えに大きな影響を受けたのです。​​





​​​​​自費出版で―アイヌ民族を紹介

蝦夷地は広大な島である。まだ内陸部の詳細な地図もない中で、原生林の広がる大地を目の前にして、武四郎は道内各地で暮らしているアイヌの人びとの協力を得て、調査を進めていきました。
武四郎の偏見のない人間共感力は寝食をともにする調査の中で、アイヌ文化は我々とは異なる文化であるが、自分たちにはない素晴らしい部分を持っていることを強く感じました。
調査の後、蝦夷地の様子を多くの人びとに伝えるためにたくさんの紀行本を執筆し、内陸部を詳細に示した蝦夷地地図を制作するとともに、アイヌ文化の紹介にも力を注ぎました。武四郎は成果である151冊にものぼる調査記録をもとに、紀行本や地図を出版しています。
『壺の石』『於幾能以志』など、当時有名な本屋であった播磨屋から出しているものもありますが、多くは「多気志樓蔵板(版)」と自費出版を行っているのです。​​

※(知床半島の雑木林を観て)
雑木林を見ながら、松浦武四郎のことを思った。その日記や紀行文のたぐいも持ってきた。武四郎が愛した山川草木の中でその文章をよむと、自分がアイヌになって武四郎と話しているような気になる。
(司馬遼太郎・『オホーツク街道・街道をゆく』)




​​​松前藩を命をかけて批判―アイヌの生活と文化を発信​

武四郎の人間共感力はアイヌ語をはじめ、独特の文様を多用する文化、織物や服装の独特の文様などに感銘し、日本人にアイヌの生活を詳細に紹介しました。さらに、アイヌの自然と調和した狩猟、漁猟、採取(山林・海洋)、農耕、及び交易を組み合わせて生活に必要な物資を確保する生活に感動しています。
しかも、単なる旅行記ではないのは武四郎の視点が、家族愛や狩猟採取での知恵や勇気、アイヌの長老の語る意味深い伝説や逸話とともに、17世紀以来アイヌを収奪してきた松前藩の役人や商人たちのむごい交易や支配の記録も含まれており、自らも和人(日本人)ながら同胞の非道な行いを厳しく告発していることなのです。
次々と蝦夷地の実情を公表していった武四郎は、松前藩への批判を容赦なくおこなった。その結果、当然命を狙われ、調査の妨害を受けることや、暗殺されそうになったこともあったといいます。
アイヌの文化や生活を守るために命をかけていたのです。​​





​日本人を告発した日本人―武四郎​​

幕末には、大久保利通(写真左)、西郷隆盛(写真右)、桂小五郎こと木戸孝允らは蝦夷地情報を知るために、松浦の家を訪れていました。
明治新政府が成立すると、武四郎を高く評価していた大久保は政府に彼を登用させ、「蝦夷地開拓御用掛(ごようがかり)」に任じました。
明治2(1869)年に戊辰戦争が終結し開拓使が設置されると、これまでの調査実績を認められ蝦夷地通として、開拓判官の職に任命されました。 
武四郎は、アイヌ民族の生活と伝統的な生態系を守ろうとして、松前藩の政策を批判し、アイヌの権利を保護するための政策を公に採用しようとしました。和人とアイヌが共存しながら、アイヌが安心して暮らせる蝦夷地を創ろうとしたのです。当然ながら蝦夷地の資源を独占化しようとする抵抗勢力とぶつかることになりました。
それは、松前藩以来続く商場知行制(あきないばちぎょうせい)のようにアイヌを排除し、商人たちに海産物の交易権を独占させ、アイヌの男女を酷使する悪制を守るか、廃止するかという争いでもあったのです。
開拓長官となった公家の東久世通禧(ひがしくぜ・みちとみ)は、商人たちの賄賂攻勢により、商人たちのいいなりとなったため、武四郎の提言は骨抜きにされ、武四郎は挫折します。
​​​その挫折は日本における長いアイヌ差別のはじまりとなりました。​​​​





​​コタンの口笛―アイヌ差別

明治時代に入り、「北海道旧土人保護法」が制定され、表向きではアイヌ民族を受け入れているようにも見えますが、学校では、アイヌ語をはじめ独自の文化や習慣は否定され、日本語や和人風の生活の仕方を覚えなければなりませんでした。民族差別は続いていき、アイヌの人たちの自由はますます奪われていってしまいました。
戦後に発刊された石森延男の小説『コタンの口笛』(コタンのくちぶえ)、それを原作とする成瀬巳喜男監督の映画(1957年)は和人によるアイヌに対する差別・偏見の厳しさをよく著している。

小説『コタンの口笛』に出てくる差別

◯先生に手をつなぎ丸い輪になれといわれたのに、ユタカ(アイヌの子ども)と手をつながない佐吉(シャモの子ども)。「おい手を出せよ」というと人差し指をかぎなりにまげて、「ここへつかまれ。」というしぐさ。

◯クラスの和人の財布がなくなった嫌疑をアイヌという理由でかけられたマサ。

◯英語でいい成績をとったユタカは「劣等なアイヌがいい成績がとれるはずがない。和人とアイヌは「血が違う」と非難される。

かつての部落差別に似ていますね。子どもたちの差別は親や社会の影響を受けたものですからパターンは同じになるのは仕方がないようですね。​


​※私たちの「国土」に和人は何百年も前から渡ってきていました。本格的に全面的に「侵略」したのは今から百十年ほど前の明治になってからです。(萱野茂『アイヌの碑』朝日新聞社)​​




​​​松浦武四郎生家とお蔭参り​

松浦武四郎生家は記念館から歩いて10分もかからない場所にあります。約200年という生家の前の道は伊勢参宮街道であったことから、多くの旅人が行き交ったといわれています。
生家におられるガイドボランティアによれば、「武四郎の冒険好きは子どものころから伊勢参りの人々を見聞したことからはじまったのではないか」ということでした。
お蔭参り(おかげまいり)は、江戸時代に起こった伊勢神宮への集団参詣のことです。お蔭参りの最大の特徴は奉公人などが主人に無断で、または子供が親に無断で参詣できたことにあります。それが、お蔭参りが「抜け参り」とも呼ばれたゆえんなのです。
大金を持たなくても信心の旅ということであれば沿道の施しを受けることができ、身分制のくびきから解放されてつかの間の「自由な旅」を体験できたのです。




​国防意識から蝦夷地探検へ

武四郎の生家の前は伊勢街道が通っていたため、その影響を大きく受けたといわれています。

文政13(1830)年、武四郎が13歳の時に起こった「文政のおかげ参り」は、日本の人口が約3000万人と推定されている時代に、一年間に約500万人もの人びとが、全国からお伊勢参りにやって来たとも言われ、今では想像を絶するほどの賑わいであったようです。
かつて武四郎の家の前の街道の両脇には宿場もあり、旅人で混雑していたようです。その旅人たちのお国自慢や歌や踊りに影響を受け、未知の世界に憧れて武四郎は冒険に出たというのです。
武四郎が蝦夷地を目指した動機についても、同ガイドから教えていただきました。
武四郎の冒険の最終的目的地は中国、インドであったという。全国各地を旅し、中国、インドに行くために朝鮮半島に渡ろうと意図し、長崎に滞在していた時、武四郎の耳に海外の情勢がはいってきたそうです。東南アジアの国々がヨーロッパ諸国の植民地となり、日本へも外国船がやってきていることを知ったのでした。
日本の将来を心配する人びととの話の中で、北の大国ロシアが南に勢力を拡大しようとして、蝦夷地(北海道)を狙っていることを聞き、このままでは日本もロシアから植民地の支配を受けるかもしれない、自分に何かできることはないだろうかと考えた武四郎は、蝦夷地を調査し、その様子を明らかにすることで、多くの人びとへ伝えようと決意したというのです。この時、武四郎は26歳でした。​​






​​​武四郎から学ぶべきは人権の基礎​

この看板は記念館の隣にある松阪市小野江小学校の卒業生が製作したものです。松阪市の教育委員会では人権教育の一環としてアイヌの歴史や文化について教えているそうです。
武四郎の生まれた時代は今から150年ほどまえ、江戸末期、その頃はすべての人びとは身分制に縛られ平等ではありませんでした。
支配者に対する政治的・経済的な不平不満は存在していても、「人権」という高尚な概念は存在していませんでした。
そうした社会構造の中で、現代的な視点でいえば、アイヌ民族の「人権」を守るために力を尽くした武四郎には驚かされます。 
彼はなぜアイヌ民族の「人権」を認識し、その文化を受け入れることができたのでしょうか。その答えは、幼い頃から他郷から流れてくるお蔭参りの人々との身分にとらわれない交流、自ら旅の体験を通じて培われた人間に対する共感ではないかと思われます。
そうなんです。彼の「人権」とは「人間的共感力」ではないかと考えられます。それが基礎となって、アイヌとの出会いによる異文化体験を素直に受け入れることでアイヌ文化の本質を認識し、その価値を認めることが出来たのです。
一応人権概念を理解しているはずの私たちであっても、異なる文化、価値観に出会ったとき、対象に対する無知と誤った情報から自分たちの文化や考え方と比較して優劣をつけてしまうことや、表面だけで判断し、他を否定し、排除することがないとは言い切れませんね。それは人間的共感力が未熟だからです。先入観や偏見を排し、自由で対等な人間として交流し、理解を深め合うことが人権教育の基礎であることを武四郎の人生が教えているような気がするのです。


●参考文献
司馬遼太郎『街道をゆく―街道をゆく15』(朝日文芸文庫)
司馬遼太郎『街道をゆく―街道をゆく38』(朝日文芸文庫)
金田一京助・荒木田家寿『アイヌ童話集』(角川ソフィア文庫)
萱野茂『アイヌの碑』(朝日新聞社)
石森延男『コタンの口笛』(偕成社)
知里幸惠『アイヌ神謡集』(岩波文庫)他。
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