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​私たちも街角でコロナ禍とたたかってきました​ ​​​​恐怖がつくる敵意のスイッチを切れば共同社会は実現する

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​私たちも街角でコロナ禍とたたかってきました​
​​​​恐怖がつくる敵意のスイッチを切れば共同社会は実現する​​​



​​​​​​​​​​​​チエちゃんはおばちゃんになっている​​​​​​​​​​
大阪の西成でホルモン屋を経営する小学生を主人公にした『じゃりン子チエ』は『漫画アクション』(双葉社)にて1978年から1997年まで約19年間連載された。第26回小学館漫画賞受賞(昭和55年度)。単行本の発行部数は3000万部にものぼる名作漫画。 舞台は違うが、神戸の下町にも少し言葉は悪いが思いやりと助け合いの心で繋がれた人情社会があり、チエちゃんやテツもたくさんいた。
神戸のチエちゃんたちはもう大人、阪神・淡路大震災で甚大な被害を受けながらも店と生活を再建し、しぶとく生きてきました。
そんな中でのコロナ禍。
​下町では「安倍総理しっかりせんかい!」という声が飛び交っている。​


1、私たちも街角でひっそりコロナ禍とたたかってました​
 
 「新型コロナウイルス」(Novel coronavirus)が世界中に蔓延し、生死を賭けたたたかいが続く中、日本においても医療従事者、科学者、福祉関係者、それを支える清掃関係者たち、国民のライフラインを守る食品販売・配送関係者などの命がけのたたかいによって、感染の広がりが抑えられ、鎮静化が進められています。
 人間の命を守るという共通の目標を成し遂げるために共感し合い、共同する行動が世界中に広がっているようですね。誠に僭越ですが、私たち神戸人権交流協議会も神戸市内の街角でコロナ禍との小さなたたかいを進めてきました。
 私たちの組織には民主企業組合という中小企業の団体があります。組合員の多くは地域で小さな商売を続け生きてきた人たちです。コロナ感染の広がりの、夜間外出自粛が始まる中、飲食店を中心に客足が激減し、仕入れ、バイト料、家賃の支払いが困難になりました。

◯安倍首相の「緊急事態宣言」は下町の飲食店には「廃業事態宣言」​
 
 安倍首相は4月7日から、「緊急事態宣言」発令し、5月6日まで、7都府県から全都道府県に拡大しました。
 安倍首相は「全ての都道府県において、不要不急の外出、帰省や旅行など、都道府県をまたいで人が移動することを、まん延防止の観点から、絶対に避けるよう」にと要請した。この要請により最も大きな打撃を受ける飲食店、サービス業等に対する休業補償は自治体に丸投げしました。
 民主企業組合の組合員から「緊急事態宣言」は「私らには廃業宣言しろ」に聞こえたという声が寄せられました。



​​​​​​​​​​​​​一隅を照らす これ則国宝なり (最澄)​​​​​​​​​​​
お金や財宝は国の宝ではなく、家庭や職場など、自分自身が置かれたその場所で、精一杯努力し、明るく光り輝くことのできる人こそ、何物にも変えがたい貴い国の宝であるという意味です。 コロナ禍は医療関係者や福祉関係者、科学者、それを支えた清掃関係者、輸送関係者たちが「一隅を照らす」国宝であることを目の前見せてくれました。
とうてい国宝といえるものではありませんが、神戸人権交流協議会も街角でひっそりと、一隅を照らしていました。



◯支給手続は下町のおっちゃんおばちゃんには難解すぎた​
 
 政府のコロナ経済対策の目玉は、事業主に対する雇用調整助成金、持続化給付金ですが、極めて手続きが難解。説明文を読むだけではよくわかりません。
 中でも持続化給付金はすべてインターネットでの申請受けつけ(ネット申請)のみにしているため、スマートホン、パソコンの堪能な人でも難解。それに不慣れの人はお手上げです。
 当初、民主企業組合の事務局の電話は朝から鳴りっぱなし、「どないすれば制度うけられるんや?」「スマホ・インターネットなんかわかるかい」「勉強している間(ま)に首つらなあかんわ」など、神戸の下町で長年商売してきたおっちゃん、おばちゃんから怒りの声。​まるで『じゃりン子チエ』(はるき悦巳・漫画作品)のチエちゃんがおばちゃんになったような人、テツみたいなおっちゃんも未だ健在だ。​
 事務局は、親しみを込めて「そういう文句は安倍首相と麻生財務大臣に言え!」と言いながら、制度の内容、申請方法を説明しました。

◯ステイホームしなければいけないのに説明会​
 
 一度や二度、説明してもわからん人が未だに存在しているのが神戸の下町。でも税理士や司法書士、行政書士に丸投げすれば代行料をとられる。自分でやるしかないが、やりかたがわからへん。腹が立つ、「安倍が目の前におったらどついたる」なんて言う人も。
 これは大変!安倍総理が危ない!と、民主企業組合の事務局員は制度の内容、スマホ・ネット申請の方法まで自力で学び、組合員が自力で申請できるようになるための説明会を開催することにしました。
​ 当然ながら相談会場は消毒し、密集しないように予約制をとり、丁寧に説明させていただきました。(中には大変物分かりの悪いチエちゃんやテツもいるので時間がかかったわ....。)​
 すみません。そういうわけで民主企業組合の事務局員は政府・自治体の呼びかけたステイホームが未だにできていません。

(相談に来るおっちやん、おばちゃんへの賢者の教え)​
​※我々は耳を二つ持っているのに 口は一つしか持たないのは、より多くのことを聞いて、話す方はより少なくするためなのだ。(説明が終わらんうちにしゃべんなよ!)
​​ゼノン (『ギリシア哲学者列伝』岩波書店)​​​​




​​​​​​​​​​​​​​困難の中に、機会がある。(アインシュタイン)​​​​​​​​​​​​
コロナ感染の恐怖の中で、世界でも日本でも人間は自利・利他の精神の「実像」を発見した。
その自利・利他の「実像」とは、脳が原始神経システムを高等神経選択により制御することにより生まれ出る理性である。
日本では阪神・淡路大震災からはじまるボランティア活動の広がりの中で、理性的行動は大きく広がった。
チンパンジーやボノボなどの大型類人猿と人間との最も大きな違いは理性といわれている。
​コロナ禍は飛躍の機会だ。​
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​​​2、阪神・淡路大震災から変質しつつある日本​​​
 
 日本国憲法は実定法として、憲法11条と97条によって人権を「侵すことのできない永久の権利」として規定していますが、日本国憲法を軽視する歴代政権の反映もあって、差別社会日本の現実が悪しき歴史や伝統によって隠蔽され、遅々として改善されてこなかったため、国民が人権の本質を確実に認識するのが困難な状態にありました。
 私たちは阪神・淡路大震災を体験することで、人権の本質を確実にとらえる機会を得ました。家屋倒壊の下敷きになり妻と子どもを失った夫は絶望し、避難所の片隅で自分も死にたいと沈み込んでいた時、我に返らせたのはボランティアの一杯の温かい味噌汁であったそうです。こうした話は東日本大震災の被災者支援の時にも多くの人に聞かせていただきました。
 「人は思いのこもった味噌汁一杯で生きれる。つながれる」という確信です。
 人権の本質を理解することは、理論としてでなく、平和で自由な状態の下で生存できる権利を「確かな実感」とともに一体的にとらえることなのです。理論のない実感は同情となり、実感のない理論は空論となります。人権は実践により鍛えられ、深化することで社会に定着するのです。
 阪神・淡路大震災はボランティア元年と言われています。ボランティアとは、自発的に他人・社会に奉仕する人または活動を指し、ボランティア活動の基本理念は、公共性、自発性、先駆性ですが、その真髄を言葉だけでつかむのは困難です。
 私たちが25年間にわたり理論・政策的に支援していただいているNPOまちづくり神戸の本多昭一理事長(京都府立大学名誉教授)は、ことあるごとに「被災者の人権課題は現場から学べ」と主張されています。
  その内容は、「災害は基本的人権を根底から破壊する。一度破壊された人権のすべてを回復することは困難だが、まだまだ何かできることはある。それを一生懸命考えるために被災地にゆき、砂ぼこりをかぶり、腐敗臭をかぎながら泥をかき、家具を運びだしながら本当に大切な課題を見つけ出せ!」というものです。
 コロナ感染拡大の中で私たちが「見つけ出した」のはコロナ経済対策をすぐに理解できず、戸惑っている人がいるということでした。まず私たちが学び、支援が必要な被災者のためにコロナ経済対策が受けられるように教えることだったのです。​

※われわれは生まれつき利己的で攻撃的である。けれども、成功した文化はどれでも、動物的性向を抑圧し、全体の善と調和のために、利他的に行動することを我々に要求している。
​​ジ―クムント・フロイト(『文化への不満』・人文書院)
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◯詳しくは当ブログ「被災者の人権課題は現場から学ぼう」(2018年07月18日)を参照ください。​​​



​​​​​​​​憎悪が理性に制御される日(アメリカ)​​​​​​​​
アメリカのミネソタ州ミネアポリスで、白人警察官に膝で首を押さえつけられ黒人男性が死亡した事件を発端に、ほぼ全米で抗議デモが広がったのだ。
ひざで首を圧迫し続ける憎悪に満ちた警官の表情に偏見の行きつく先を見た人は多い。
一方、デモの制圧を任務とする警察官たちが、片ひざをつき、人種差別反対のポーズをデモ隊に示した。敵対ではなく、共通とする「人種差別反対」を確認したのである。

「目には目を」という古い法を守っていたら、世の中の人々はみんな目が見えなくなってしまう。 ​
​キング牧師の名言    ​​​​
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​​3、他者の苦悩を理解する共感力が共同の思想を生む ​​
 ボランティア活動の基礎には、被災者の悲しみや怒り等の思いに対する共感がありますね。たとえば、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本大震災の時も、報道で現地の状況が伝えられることにより、現地で生活する人々に共感し、何万人、何十万人ものボランティアが駆けつけました。
 ボランティア活動の広がりは、個々の活動の内容によって異なりますが、自分自身の生活する社会において起こる社会問題や課題の解決を単に政府や自治体や他者に求めるだけではなく、自分自身が自発的・主体的にその問題を解決していこうという共同の思想を発達させます。
 ​共同の思想は同じ目的のために対等・平等の立場で一緒に考え、行動し、責任を分担することで、協同、協力、提携、連携、協賛、チームワーク、共催、共生に行動を派生させ、やがて平和へとつながるはずです。
 阪神・淡路大震災以後の日本のボランティア史は共同の思想を日本に定着させてきました。コロナ禍での芸能人・スポーツマンたちの様々な共同行動を見るとそれが確信できます。
 こうした国民の共同行動が緊急事態に適切な対策が打てない政府や官僚の力を補い、日本社会が悲惨な状態に陥るのを食い止めているとは考えられないでしょうか? 
 一般的にいえばコロナ感染が沈静化すれば安倍政権の支持率は上がるはず、なのに支持率が政権危険水域20%台(『朝日新聞』)に落ちるという異常現象が起こりました。恐らく国民が「政権は無能」「官僚は劣化」状態であることを完全に見透かしてしまったからではないでしょうか。
 それでも日本ではデモや暴動が起こらない。それは、幾たびの災害とボランティア活動の体験の中で、不満や怒りを憎悪に変えず、共同行動により解決していくという共同の思想と力が国民の間に確実に根づいてきたからです。
 これまで日本の「無能な政権」は敵意と攻撃を煽ることで、支持を得てきました。しかし、不満や怒りを理性の力で制御できる国民が増加すると、共同の思想を核とする政権を待望する力が増大し、これまでにない新しい政権誕生の道を大きく開く可能性があることを認識しておかなければならないようです。 

※暴動の気配もなく、罵る人もすくなく、扇動者も登場しなかった。たとえ登場しても、たれもが乗らなかったろう。人々は、家族を失い、家はなく、途方に暮れつつも、他者をいたわり、避難所でたすけあったりしていた。わずかな救援に対して、全身で感謝している人が圧倒的に多かった。(中略)しかし、神戸のユニークな市民の心は、この百難のなかで、かえって輝きを増したようように思われた。
​​(司馬遼太郎『風塵抄』・中公文庫)​​​

​コロナ禍とたたかう人にバラの花を贈ります。​​​​​
父の日発祥の地であるアメリカではバラを贈る風習がある。ソナラ・ドットという女性が、亡き父の墓前に白いバラを供えたことからはじまる。
彼女にならって、存命の父には赤いバラ、亡くなった父には白いバラを贈るのが一般的になっている。
コロナ禍の中で日常を取り戻そうとしている皆さん、父の日には頑張っているお父さんだけでなく、お母さんに、がんばっている子どもたちに、宅配してくれる人たちに、あなたの好きなみんなに一輪のバラを贈ってみてはどうですか。
私たちからも皆さんにバラ(写真ですが)を送ります。

​※他人のために生きるということは、容易なことである。だれでもみんなしていることだ。​
​​エマーソン(アメリカの哲学者・思想家)​​​



4、コロナウイルス禍は分断の思想を共同の思想に変える
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 共同の思想の本質は自利・利他主義にあります。「一人は万人のために、万人は一人のために」という言葉で表されます。脳科学的に言えば、原始神経システムを高等神経選択により制御することです。
 新型コロナウイルスは一人の感染が人類全体を危機に陥れるという性質を持っています。それは人間の体内で増殖するだけでなく、変異し、新しい感染を広げるからです。天然痘のように人類がコロナウイルスを完全に死滅させることができない限りたたかいは続いていきます。
 脳科学的にも共通の目標を達成するために他者と手を結ぶと、原始神経システムの潜在意識に作用し、敵対的意識が消えることがわかっており、コロナウイルスに勝利するためには、人間が科学の力を信じ、政府を信頼し、世界が協力し合える共同世界を育てるしかないのです。 
 それに逆行しているのがアメリカトランプ大統領です。新型コロナウイルス発生原因、感染ルートを検証することは世界共通(特に中国)の課題、自らが感染対策を失敗して世界一の感染国になった責任を明確にせず、中国政府とWHOにすべての責任を転嫁するために非難し、資金拠出中止などで圧力をかけるのは常軌を逸していますね。 
 国内ではミネソタ州ミネアポリスで黒人男性が拘束時に白人警官が首を圧迫して死亡させた事件をめぐり人種差別に抗議するデモのなかに略奪や破壊行為をする集団が存在していることを口実にして、首都ワシントンへの軍の派遣を表明しました。
 かつてトランプの片腕といわれた元国防長官マティス氏でさえ、トランプ大統領を批判「彼は米国を団結させずに、分断させようとする初の米大統領だ」 と厳しい批判を浴びせています。さらに、ミシガン州のウィットマー知事は声明で、「大統領の危険な発言は、この政権が憎悪と分断の種をまくことを決意している明確なシグナル」と痛烈に批判しています。
 トランプ大統領は常に、原始神経システムによる時代遅れの「我ら対、彼ら」という図式をつくり、敵対する対象に対して、偏見や憎悪を煽り、敵意を増幅させ、攻撃に転化させるという手法をとり続けてきました。人種差別と経済格差が結びついたアメリカ社会では、白人を中心とする富裕層の支持を得るためには分断政策は大統領選挙で支持をえるのは効果的だったようです。 
 しかし、今回はコロナウイルスの壊滅の共通課題を抱える人類は分断が最も危険な思想であることを認識しはじめ、世界各国で共同による感染克服のたたかいがひろがっているのです。
 トランプのような憎悪と敵意を煽り分断する作戦が勝利する時代は終焉を迎えているのです。

※文明の発達したこの世界では、原始神経システムによる時代遅れの「我ら対、彼ら」の態度を捨て、高等神経システムの「われらと、われら」を目指さなくてはならない。​
​​(『人はなぜ憎むのか』ラッシュ・W・ドージアJr・河出書房新社)​​
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​​◯詳しくは当ブログ「賢人の言葉から学び、差別を許さない者になろう-なれるかな? 」(2017年07月24日)を参照ください。
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消えゆく「部落民」―心のゴースト⑦ ―コロナウイルスの恐怖から共同する社会へ-


消えゆく「部落民」―心のゴースト⑦

​―コロナウイルスの恐怖から共同する社会へ―​​​​​​


 はじめに
 新型コロナウイルスの感染の勢いが衰えてきたようです。それに合わせるように、「日本の感染者数や死者数は世界に比べて劇的に少ない」「政府の感染症対策が成功したからだ」などと、御用政治評論家や御用感染症の学者・専門家たちから提灯発言が出はじめています。​
 こうした評価はコロナウイルス知識のほとんどない私でも間違いであると断言できます。その理由は以下の通りです。
①日本列島は東西に長く、列島のど真ん中を2000m、3000m級の山脈が縦断しており、冬から春にかけて日本海側から北西の季節風が吹く、風は高い山脈を越え太平洋側に吹き降ろす。家の外に出るといつも風があるから、コロナウイルスは街中に長く滞留することができない。実際に太平洋側、日本海側に接した県では感染者数は極めて少ない。
②日本は四方を海に囲まれているので、港と空港をシャットアウトすれば、他国からの感染者は完全に入国できなくなる。
③日本人は握手や抱擁(ハグ)などの習慣がなく、日常的に他人との濃厚接触の機会が西欧人に比べて極めて少ない。
④日本人は古来より手洗いうがいの効用を認知し、日常的に行われてきた。また、マスクは毎年花粉症やインフルエンザ流行期には使用されており、着用に抵抗感がなくまたたくまに広がった。
 以上のような日本の地理的環境と生活文化、習慣・習俗を踏まえて考えると、密室状態になる飲食店・ライブハウス、感染者が通院・入院せざるをえない病院などにおいてクラスターが発生したとしてもパンデミックにはなりにくい有利な条件があったのです。
​ この上に、パンデミックが先行した中国や韓国、西欧のコロナ対策の教訓を踏まえて対策を講じていれば、日本の感染者および死者数は抑えられたはずです。​無能な安倍政権のコロナ対策が評価される根拠は全くないのです。​​
​ 「のど元過ぎれば熱さ忘れる」で、日本国民がこれ以上安倍政権を甘やかし続けると日本は本当に滅びるかもしれませんよ。​




​​​​​​​​​​​​ゴジラは地球の守護神​​​​​​

ゴジラは、日本の東宝が1954年(昭和29年)に公開した特撮怪獣映画『ゴジラ』である。当時社会問題となっていたビキニ環礁の核実験に着想を得て製作した。身長50メートルの怪獣ゴジラは「核の落とし子」「人間が生み出した恐怖の象徴」として描かれた。核兵器に対する恐怖を具象化したものであった。

ハリウッド製作のゴジラでは核兵器に対する恐怖は消えている。むしろ「必要なら核兵器を使うぞ」というアメリカらしい核兵器肯定論が込められている。
ハリウッド製ゴジラは地球の守護神となり、地球環境を破壊する侵略者を敵にしている。
申し訳ないが日本製ゴジラに比べると人間の恐怖心が投影されていないために浅はかな怪獣アクション映画になっている。​​​
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​​1、ウイルスが本当の地球の支配者かもしれない​

 最近、ハリウッドが制作したゴジラは地球の守り神として、宇宙から侵略してきたキングギドラとたたかって勝利する。地球の真の支配者はゴジラだったというお話しでした。映画は「ゴジラの怒りが人間に向かってきたら....」と不気味な予感を観客に与えて終わります。
 このゴジラ映画と新型コロナウイルス(コロナウイルス)の感染爆発を重ねてみると、欲望を進化させ過ぎて怪物のようになり果てた人間による地球環境と生態系の破壊を食い止めるために、地球の支配者であるコロナウイルスが次々と人間に攻撃をしかけてきているのではないかと考えることもできるのだ。
 実際にこれまでの流行経緯を見ると、環境の破壊が深刻化し、気候変動が世界的に大きな問題になるのに並行するように、サーズ(SARS)が2002年11月から2003年7月にかけて流行し、続いてマーズ(MERS)が2012年9月からはじまり、2015年5月に韓国で大流行し、さらに中国へと拡大し、数多くの感染者と死者を出しているのです。しかも、マーズは今もなお収束していず、2020年に入ってもサウジアラビアやアラブ首長国連邦でも発生しているのです。
 勿論、環境破壊とコロナウイルス発生の因果関係は未だ明確ではありませんから、こうした空想が生まれてくるのは怪獣やSF映画が空想特撮映画(今はCG映画)と呼ばれた時代から生きてきた人間が、長い緊急非常態宣言下で「ステイホーム」を強いられている抑圧感の中で生まれる「妄想」だと笑ってお許しいただきたい。


※悪霊の仕業とされた災厄を除く儀礼には、それぞれにふさわしい物語がつねに作り出されたはずである。おびただしい物語の多くが語りだされては、すぐに人々の記憶から消え去っていったのである。​
​​『絵物語の想像力-異界と日本人』小松和彦)​​





​​​​​​​​​​​​ダークサイド(暗黒面)に転落するな​​​​​​

『スター・ウォーズ』の悪役ダース・ベイダーは「ダークサイド」(暗黒面)に転落したジェダイの騎士という設定ですね。ダース・ベイダーは幼い時に愛する母親を殺され、その憎悪の種から暗黒面に転落し、暗黒面の統率者の配下として帝国軍の最高司令官になる。
一方には、「フォ―スの力」(理性)を信念とするジェダイの騎士団が存在し、帝国軍の統率者が支配する宇宙を理性に基づく共和国軍が取り返すためにたたかうという物語である。
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2、ウイルスは人類の「心の闇」に入りこむ
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 人類はこの10年の間に次々とコロナウイルスの攻撃を受け続けてきました。その最前線でたたかい、完全勝利とは言わないまでもコロナウイルスを壊滅に追い込みつつあるのが、電子顕微鏡、遺伝子解析、IT(人口知能)など、最先端科学技術に裏付けられた防疫・治療方法、感染の恐怖とたたかい未知のウイルスと命をかけて戦う医療従事者、ウイルス研究機関と製薬会社の共同による特効薬やワクチンの開発を進める科学者たちです。
 100年前に流行した「スペイン風邪」の時代に比べて、感染の広がり、感染者の数や死亡者数が各段に減少しているのはこの科学の力と言えるのです。しかし、コロナウイルスに対する無知は生物的な死への恐怖だけでなく、人間の「心の闇」に滑り込み様々な差別を発生させています。 
 コロナウイルスが世界に蔓延し始めた当初、イタリアのローマにあるサンタチェチ―リア国立音楽院は「すべての東洋人へのレッスン中止」を発表し物議を醸しました。アメリカでは東洋人に対して「コロナ」と罵声を浴びせ暴行する事件も発生しました。日本でも温泉地の箱根で「中国人お断り」と貼り紙を掲げる駄菓子店が登場したり、札幌市でも「中国人入店禁止」の貼り紙を掲げたラーメン店が物議を醸しました。さらに注目すべきはコロナウイルスと命がけで闘う病院関係者さえも忌避する行為が生まれていることです。
 私たちはこの高度に発展した科学を基礎とする社会においてさえ、恐怖にとらわれ差別的言動にはしる人間たちを無知蒙昧の輩として感情的に非難するだけで、無視しておいてはコロナウイルスに対する完全勝利はありません。恐怖が生みだす「心の闇」の正体を明らかにし、それを解消する道筋を明確にすることが大切なのです。
 ダークサイド(暗黒面)に転落するな!

※いつの時代でも、人間は、個人のレベルであれ、その内部と外部に制御しえない「闇=異界」を抱え込んでいた。そのために、私たちの先祖は、こうした異人や妖怪に脅かされたり、それと戦って退治・追放したり、同盟・協調関係をつくりあげるといった、様々な物語を生み出し語り伝えることになったのである。
​​(『絵物語の想像力-異界と日本人』小松和彦)​​



※「心の闇」についてさらに知りたい方は下のリンクをクリックしてください

​​◯2019年10月10日・私たちは人権社会を実現すると称して「憎悪の種」をまいてはいないか

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安倍清明・怨霊を鎮める陰陽師​​​​​​​​

原始から近世の終り頃まで、病気は神仏の怒りや怨み、恨みを残して死んだ者の祟りによるものと考え、ウイルスや細菌が存在するなどと考えていなかった。

陰陽師は占術と呪術を使い祟りを鎮めた。その陰陽師界のスーパースターが平安時代中期に活躍した安倍清明である。
平安時代における天皇・貴族は権力の争奪戦を続けていた。世は謀略と呪詛の時代であり、権力から追われたり、殺された者の怨念が祟りとなって、疫病、飢饉、天災を引き起こしていると考えられていたのだ。
陰陽師の呪術には天文学および統計学、心理学的な要素が幾分か含まれていたが、科学といえるものでなく、迷信と妄想をかき立てるものであった。
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​​3、ウイルスへの恐怖は分断に利用される ​

 14世紀にペスト(黒死病)が流行した時は、疫病の原因が「神の怒り」と信じたキリスト教会では、ユダヤ人が雑居しているからとして1万人以上のユダヤ人を虐殺したという記録が残されています。 
 1918年頃に流行した「スペイン風邪」はアメリカ合衆国の兵士の間で流行しはじめ、人類が遭遇した最初のインフルエンザの大流行(パンデミック)でした。感染者は6億人、全人類の半数もの人びとが「スペイン風邪」に感染しました。世界全体の推定死者数は1700万人から1億人(日本では45万人が死亡)といわれています。この感染地獄ともいえる状態を生み出した背景には、戦争状態下での情報統制、不衛生で密集した兵舎や塹壕、栄養不良があったといわれています。戦争状態が疫病を大流行させたのです。さらに、ウイルスの正体が分からない国々は治療薬がないため、感染者を強制的に隔離し、野戦病院のような大規模な病棟を作り収容するだけでした。
 驚くべきことはアメリカ発であるにもかかわらず、スペインが「スペイン風邪」の発生源であるとされ、長期にわたり世界から偏見を持たれ続けました。そうしたことを知ってかしらいでか、アメリカ大統領トランプ(トランプ)は、今回のコロナウイルスを「中国ウイルス」と名付け「真珠湾攻撃・9.11テロを超える攻撃」として攻撃を強めています。
 ヒトラーによるナチス政権の誕生は「スペイン風邪」によるドイツ国民分断の後遺症から生まれたという説があります。確かにヒトラーは「ユダヤ人はウイルス」だと攻撃してドイツ国民の憎悪を煽り支持を集めたといわれています。
 しかし、私たちは認識しておかねばなりません。ウイルスが社会や国民を分裂させたわけではなく、もともとあったドイツ国民のユダヤ人への偏見、アメリカ国民にある中国共産党への批判、東洋人に対する忌避意識や敵対心が基礎になっていることは言うまでもありません。
 私たちのたたかいはコロナウイルスとのたたかいだけではないようですね。コロナウイルスの恐怖を憎悪と敵意に変えるあらゆる扇動ともたたかう必要があるのです。そのためには人間の脳がどうしたメカニズムで恐怖を発生させ、恐怖が憎悪や敵意に転化していくかを生物的に理解しておく必要があります。なぜなら人間は恐怖から逃れられない習性を持っているので、絶えず憎悪や敵意を克服しなければならないという宿命を背負っているからです。

※私たちは生まれ育つ過程で、自分たちの世界を慣れ親しんでいる既知の領域とそうでない未知の領域に分割するようになる。多くの場合、慣れ親しんでいる領域は、秩序づけられた友好的な世界、つまり『われわれ』として分類できるものの住んでいる世界である。​
​(『絵物語の想像力-異界と日本人』小松和彦)
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「分断と戦争」についてはリンク先の記事も参照してください。
◯2018年09月03日・戦争の引き金―偏見と差別について考えてみよう




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​​​一条戻り橋・人を生き返らせる
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京都市の一条通を流れる堀川に架けられた橋の名称で、古くからあの世とこの世をつなぐ橋である。
この橋のたもとに安倍清明は式神(手下の鬼のこと)を隠していた。式神は様ざまな霊や生物に姿を変え闇に紛れて怨霊の正体を探りだし、清明とともに怨霊を鎮める。
生と死をつなぐ橋があることも面白いが、陰陽道には「泰山府君」(たいざんふくん)という死者を生き返らせる術があり、清明がその術を使い高僧を生き返らせたという説話もあるのだ。
この話を現代に置き換えると清明は医者、式神は看護士さんたちだ。但し、看護師さんたちは鬼ではなく菩薩である。




​4、ウイルスに恐怖する脳は憎悪を生む​
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 恐怖は脳の活動によって生み出されます。脳は恐怖という情動を有害な事態や危険な事態に対して有効に対処することが難しいような場合に生じさせます。例えば、毒蛇に遭遇した時には本能的に恐怖を感じます。その時は憎悪することはありませんが、それが鎌首を持ちあげて襲ってくる姿勢を見せた時、脳の​原始神経システム​が発動し、逃走もしくは闘争反応の引き金が引かれ、逃げるか、反撃するかを瞬時に選択します。
​​ 脳の原始神経システムは「逃げ場のない状態に陥った時」に憎悪感情が理性的感情を抑え込み攻撃に打って出るのです。その瞬間、人間は憎悪の中に「しこり」があるのをはっきり確認できますね。それが敵意なのです。​​
 トランプに扇動された憎悪・敵意は自分たちを苦しめるものを敵と決め、それを排除することでしか心の解放はないと思いこませます。これが積み重なると、中国を孤立化させるだけでなく破滅させることまで望むようになります。その結果、コロナウイルス後の世界では米中対立が激化し、第三次世界大戦が発生という悲劇的な可能性さえも生まれるのです。

※原始神経システムは対象の細かい違いをつかむのは苦手だ。ヘビは危険だとなると、どんなヘビもみな危険とみなしてしまう。(中略)それが憎悪と結びつくと恐ろしい結果を引き起こす。チェチェン紛争でのロシア兵は、戦闘員だけでなくチェチェン人すべてを敵としてみなした。そのために何万人という罪のない男女や子供が虐殺されたのである。​
​ (『人はなぜ憎むのか』ラッシュ・w・ドージアJr・河出書房>​





​​​​正義の味方・閻魔大王(えんまだいおう)
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閻魔は仏教、ヒンドゥー教などでの地獄、冥界の主。冥界の王として死者の生前の罪を裁く神だ。生前の身分・地位、財力は役に立たない。唯一の判断基準はこの世での正しい行い。人間らしい生き方である。道を誤っていれば地獄しかないのだ。
人は必ず死ぬ。死ぬこと自身が怖いのに死ぬと閻魔の前に立たされると考えると、もっと怖い。だから行いを正そうとする。
コロナウイルスを怖いと感じることは悪いことではなく、怖いと感じる自分の心を見つめ、自己自身の本質を発見する機会でもあるのだ。
それが仏教にある「自灯明・法灯明」(釈迦の教え)なのだ。​




​​5、ウイルスに恐怖する脳は異界を生む
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 恐怖が生みだす「心の闇」とは?仏教では心の闇は「無明の闇」といいます。「無明」とは、明かりがなく、暗いということです。「闇」も暗いということですから、暗い心です。心理学では「心の闇」とは人生に対する絶望であり、社会に対する怒りや怨み、異常な快楽への欲望といったものが正体といわれています。
 「心の闇」から生まれ出ずる憎悪と敵意は想像と妄想という二つの認識を生み出します。想像は自己の恐怖の対象を具象化し、現実世界に対応した空想の世界を創り上げます。ウイルスの正体も治療方法の分からない時代においては、ウイルスは異界からの侵入者であり、その姿は西洋では悪魔、東洋では鬼や妖怪として描かれ、人間はそれとたたかう神仏を生み出し、修業により神仏の力を獲得した僧侶や呪術師が活躍します。空想特撮映画もその流れの中にあります。
 妄想は想像と区分するのは難しいですが、例えば墓場に行けば死霊が存在すると信じる者は風が木の葉を揺らすだけで霊魂がいると考え、その姿を想像します。その想像物は自己の生育過程で得た情報や体験、記憶によって創造され、その内容が非現実的であるにもかかわらず、確信が異常に強固で、経験、検証、説得によって訂正することは不可能な状態を指します。
 心理学者の河合隼雄は、恐怖を「人間は自分の人生観、世界観やシステムを持ちながら生きているが、それをどこかで揺り動かすもの」と定義したうえで、「恐怖はない方がいいように見え、ずっとそういう状態が続くと安心ではあるが、死んでいるのと同じである。生きる体験の中には必ず恐怖が入ってくる」と指摘しています。 恐怖とは生と死を実感させる役割を果たし、人間に生きる意義を考えさせる感情のようです。
 恐怖は神仏や異界を生み、人間の精神世界を豊かにする動機となっており、人間の生きる証でもあるようです。

※いつの時代でも、人間は、個人のレベルであれ、その内部と外部に制御しえない「闇=異界」を抱え込んでいた。そのために、私たちの先祖は、こうした異人や妖怪に脅かされたり、それと戦って退治・追放したり、同盟・協調関係をつくりあげるといった、様々な物語を生み出し語り伝えることになったのである。
​​​(『絵物語の想像力-異界と日本人』小松和彦)​​​
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こちらの記事も参照してください。(クリックで開きます)


​​​​​利他の人・緒方 洪庵(おがた こうあん)​​​​​

洪庵は1810年(文化7年)に岡山県で下級武士の子どもとして生まれ、苦労して医師、蘭学者となり、大坂に適塾(大阪大学の前身)を開いた。
その当時、天然痘(ウイルス感染症)に罹った子どもがたくさん亡くなっているのを憂い、佐賀藩が輸入した種痘を手に入れ、切痘をはじめるとともに、多くの医師にそれを広めた人物。
門人は3000人ともいわれ、その中から大村益次郎、福澤諭吉など日本の近代医学や政治・文化に大きな影響を与えた人物が育った。
作家司馬遼太郎は洪庵を「かれは、名を求めず、利を求めなかった。あふれるほどの実力がありながら、しかも他人のために生き続けた。そういう生涯は、はるかな山河のように、実に美しく思えるのである」(『洪庵のたいまつ』)と歴史上の人物の中で最大級の評価をしている。​


​​6、ウイルスへの恐怖心は共同の力に変わる
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 人間が恐怖心を持つことは人間が生存していくうえでは重要な能力の一つですから、恐怖心を無くすことは死なない限りできませんが、恐怖心から生まれる敵意・憎悪を克服する潮流はすでに大きな流れとなっています。 
 コロナウイルスとの戦いで発揮されているのは世界中の科学者と医療従事者および関係研究団体や研究者のグローバルに展開された共同の力です。感染爆発の状況、医療機関の対応、治療方法や治療薬を情報公開し、世界の医療従事者が連帯して戦う姿は都市封鎖という非常事態にもかかわらず、世界の人々の心の絆を強くしています。
 さらに、世界中の人々が他の人に感染させないために長期にわたる「ステイホーム」という前代未聞の苦痛に耐えるという行為を続ける中で、共同の精神的核心ともいえる利他主義を育てています。
 共感(empathy)とは他者の考え方や感じ方を理解しようとすることで、それが正しいと認められなくても、最悪の敵に対しても相手の身になって考えようとすることです。そうした立場でいる限り、困難な状況に陥ったとしても理解や和解の機会は生まれます。脳科学的にいえば、脳の原始神経システム​の発動を高等神経システムにより抑圧し、理性的な働きを強めることになるのです。
 トランプの中国に対する攻撃はコロナウイルスへの恐怖とたたかう世界の共感を断ち切ろうとするもので、共感が切れれば、脳の原始神経システムが発動され、自分の生存を脅かしたり、不利益を与えると感じる他者に対する攻撃が開始されることになるのです。
 いつの時代も、どの国でも人間の本質はあまり変わらないのかもしれません。だからこそ「博愛精神は平常時や平和な時だけ」なんていうことにならないように、非常事態の際の人間性が問われているのではないでしょうか。でも、何もそんなに難しく考えることはありません。ウイルスを憎んで、人を憎まず、ということなのです。


愛については次の記事も参照してください。
◯2018年07月03日・部落差別を最終的に解決するのは人間愛


​7、ウイルスとたたかう共同の力は理性を鍛える
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 共同の本質は自利・利他主義にあります。「一人は万人のために、万人は一人のために」という言葉で表されます。脳科学的に言えば、原始神経システムを高等神経選択により制御することである。それは『スター・ウォーズ』でいえば「闇の力」を理性の力が駆逐するのと同じなのです。
 コロナウイルスは一人の感染が人類全体を危機に陥れるという性質を持っています。それは人間の体内で増殖するだけでなく、変異し、新しい感染を広げるからです。天然痘のように人類がコロナウイルスを完全に死滅させることができない限りたたかいは続いていきます。
 対抗手段として国境を完全に閉鎖し、都市をロックアウトして防ぐとしても長期化すれば経済の崩壊を招き、感染被害をこえる悲惨な社会となるだけであり、トランプのような分離主義が成功するはずはないのです。
 脳科学的にも共通の目標を達成するために他者と手を結ぶと、原始神経システムの潜在意識に作用し、敵対的意識が消えることがわかっており、コロナウイルスに勝利するためには、人間が科学の力を信じ、政府を信頼し、世界が協力し合える共同世界を育てるしかないのです。
 今、未来を担う子どもたちもコロナウイルスの感染防止のためにステイホームし、孤学、孤食、孤独を余儀なくされ、学習と遊びはネットに依存しなくてはならない状態に置かれています。まさに分断状況におかれているのです。こうした状況から言えばコロナウイルスとたたかっているのは大人たちだけではないのです。
 私たちは大人たちは遅れた学力を取り戻すことをすぐに考えますが、今こそ、子どもたちに共同の意味を教えるべき機会が訪れたと考えるべきです。学校のカリキュラムにはない、命がけでたたかう医療従事者の知恵と勇気、利他主義を貫き人類のために貢献した偉人たちの業績、自然と人間の関係などについて、大人と子どもが話し合うべき時間を持つべきなのです。
 確かに基礎学力の遅れは問題です。しかし、子どもたちが共同する力を身に着ければすぐに解決できるはずです。

※人間は助けあって生きているのである。私は人という文字を見るとき、しばしば感動する。ななめの画がたがいに支え合って、構成されているのである。
 そのことでも分かるように、人間は、社会を作って生きている。社会とは、支え合う仕組みということである。
​(『21世紀に生きる君たちへ』司馬遼太郎)​​




​​​8、ウイルスとたたかう共同の力は人権認識を鍛える​​​

 最後に、この共同という立場から部落差別にも触れておきます。「ネット差別」は現実とはかけ離れた電子世界の中で発生し、消滅しているものです。多くの場合その情報源は他者からの情報(最近では主に人権・同和教育)による認知・記憶を発生源として法的にも実態的にも存在しない「部落民」を妄想して発信しています。 
 「ネット差別」の本質には共同性はなく孤立性しかありません。発信される内容は発信者の生育環境や性格・精神、知識が発信内容を規定することになりますから、簡単に止めるためには徹底した法的規制を行うしかありません。しかし、私たちは冷静であるべきです。すでに彼らは孤立した存在であり、少数者です。ネット社会は人類にとって必要不可欠な存在となっており、ますます発展していくことは間違いありません。そうした未来を見据えると、規制を強化するよりむしろ彼らがそのような「ネット差別」を発信するにいたった経緯を明らかにし、解決策を明確にすることで、ネット社会の進歩に貢献すべきなのです。
 共同は他者との目標の一致がなければなりません。目標が一致すると「被差別者」対「差別者」という区別は必要がなくなり、それを意識する必要もなくなります。さらに、目標を達成するためには情報の共有と現実的な交流と行動が必要となります。
 人権教育の一環としてすでに実態がない部落問題を教えることは「部落民」という妄想(ゴースト)を生み出すことはすでに明らかにしてきました。人権尊重の日本社会を創るために今必要なのはコロナウイルスとたたかう人類の一員であることを自覚し、行動できる人間となることです。

※ネットには毎日数万件数十万件という単位で、「死ね」とか「殺すぞ」という攻撃的な言葉が行き交っています。(中略)もし「呪い」ということの機能が、憎む相手に悪意を放射することによって、その自尊心を傷つけ、生きる意欲を失わせ、ついに死に導くとするならば、ネットに行き交っている言葉は「呪詛」(じゅそ)と呼ぶにふさわしいと私は思います。
​(『現代霊性論』内田樹・釈徹宗)​​
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「ネット差別」については、以下の記事もご覧ください。

ことわざで考える-部落差別の解消の推進に関する法律 「人権条例」は自治体の発行する「同和補助金の誓約書」

​​ことわざで考える-部落差別の解消の推進に関する法律
​​​「人権条例」は自治体の発行する「同和補助金の誓約書」​
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​​◯この法律はいずれ同和対策完全廃止法に化ける​​​

 ほとんどの日本国民の皆さんは部落差別をなくしたいと考えています。そうした願いをこめて宣言法である「部落差別の解消の推進に関する法律」(「推進法」・2016年12月)が成立して3年あまりが経ちました。
 「解放同盟」(同和派)の影響力が強いため、依然として同和対策や同和教育(「解放教育」)を進めている自治体などでは、その永続化を担保するために「推進法」を根拠に「人権条例」制定運動がすすめられていますが、果たしてそれは「推進法」の本来の目的に沿うものなのか?本当に部落問題の解決につながるものなのか?今回は諺(ことわざ)を使い、改めて検証してみましょう。
※「解放同盟」(同和派)とは、神戸の「解放同盟」の皆さんのように、一般対策のもとで市民と共同して自治・まちづくり運動を進める「解放同盟」組織が全国的にも広がっているそうです。そうした組織とは違い同和依存で運動しているという意味で使用しています。

1、「推進法」の本当の狙いは―
「見かけばかりの空大名」
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               (外見は立派だけど中身がない)​​
 「部落差別はある」と言いながら、「推進法」には部落差別とは何かを定義した条文がありません。「部落差別はダメだ!」といいながら「部落差別とは何か?」がわからないというのは、信号機がないのに「赤は危険!」と教えるのと同じようなもので、大壮な名称をつけている法律のわりには中身がありません。
 この法律は、かつてのような実態的な部落差別(結婚、就職、居住移転)を解消するものではなく、「ネット差別」という、現実の共同社会とは断絶し、匿名性の高い(運動関係者がなりすまし発信もできる)、発信根拠、動機が不明な「曖昧な差別」を根拠としてつくられたものですから、この法律の掲げる部落差別にはほとんど意味がありません。
​ まさに​​「見かけばかりの空大名」​​ともいうべき法律なのです。​
 しかし、同和特別法が終結してから全国のまともな自治体では同和対策の終結がすすめられ、「解放同盟」(同和派)とその関係団体(人権・同和教育研究協議会など)が衰退していくなかで、「部落差別解消」を掲げる「恒久法」が制定されたことは、いかに中身がないにしても、そうした関係団体を「活気」づける契機になっていることは間違いないようです。

2、「推進法」と「附帯決議」は一体のもの―​
「盾の両面を見よ」
(一面だけを見ず、表裏ともによく観察せよ)​​​
 では本当に「解放同盟」(同和派)を「活気」づけるような法律なのでしょうか? 
 「推進法」には鋭い刃が仕込まれていることを知っておかなければなりません。それは施策を教育・啓発のための相談、教育啓発、実態調査の3つに限定することにより、かつてのような同和対策の継続と復活に歯止めをかけていることです。この刃が振るわれはじめると部落解放運動をめぐる状況は一変することになるはずです。
 「推進法」には衆議院と参議院法務委員会附帯決議があります。この「附帯決議」は判例や過去の審議会文書を踏まえていることは明白です。その内容は「過去の民間運動団体の行き過ぎた言動等、部落差別の解消を阻害していた要因」「当該教育及び啓発により新たな差別を生むことがないように留意」「その内容、手法等に配慮」など、これまでの判例や特別対策当時の審議会意見具申、政府文書にもとづいています。
 あのだめな文科省でさえ、「推進法」と「附帯決議」は一体のものであるという「法及び附帯決議」の周知を通知し、附帯決議を省略せずに法の趣旨は正しく理解するように指導しています。
 まさに「盾の両面を見よ」です。

3、同和対策の基本原則を理解しておこう―​「ひとつ間違えば一里も狂う」(わずかな失敗でも、それが原因で大きな間違いになる)​
 「推進法」を理解する上で重要なので、これまでの同和特別法の基本的性格や判例、当時の審議会意見具申、政府文書が明確にしている基本原則は次の通りなので、よく理解しておきましょう。

①同和特別法(時限法)は事業推進のために「対象地域」「同和地区」を特定しましたが、法の終結により解消されています。また、日本国憲法および一般法規に照らしても「対象地域」「同和地区」を特定する法的根拠は存在していません。
②同じ日本人を区別するような施策は日本国憲法および社会的道義に照らして絶対あってはなりません。
③同和特別法が終結した時点において自治体の行う「対象地域」「同和地区」などを対象とする同和対策は経過措置は別として、すべて違法となります。
当然ながら区別するような行政施策は立案どころか実施することも違法となります。
 以上の原則を理解していれば実態調査などは到底できるはずありません。強行すれば自治・コミュニティの破壊どころか日本国民の分断につながります。もはや犯罪行為です。
​ まさに「ひとつ間違えば一里も狂う」ことになります。​

4、「推進法」が禁止していることは―​
​「仏の顔も三度」​

       (いかに柔和な人も無礼が重なれば怒る)​​
 法的根拠が無いにもかかわらず、全国的に見ると同和対策(個人施策、運動団体への補助金・委託事業、同和教育)などを継続している「違法同和自治体」が数多く存在しています。これらの自治体は前記の同和対策の基本原則を理解していないか、無視しているかのどちらかです。
 「推進法」をよく議論し、理解され、自らの「違法行為」を深く反省されたうえで、早期に同和対策を終結することをおすすめします。
 自治体に対して「推進法」が厳しく戒めていることは以下の通りです。
①自治体は法的・社会的根拠が存在していない同和対策の継続および復活をしてはならない。
②自治体は「確認・糾弾」などの行き過ぎた言動等が部落差別の解消を阻害する要因であることを認識し、行政の主体性を確立しなければならない。
③自治体は「解放同盟」(同和派)の非科学的な理論に追随する教育・啓発を進めてはならない。
 当然ながら、この「推進法」は自治体の手足を縛るためだけでなく、「解放同盟」(同和派)の行き過ぎた運動行為やそれに追随する議会議員の態度をも否定しているものと理解すべきです。
 いつまでも違法かつ社会的道義に反する同和対策を継続していると、国民の大きな怒りをかうことになります。
​ まさに「仏の顔も三度」です。​
※詳しくは本ブログ『​新法と部落問題-神戸市の同和対策終結の教訓から​』(2017・4・28)をお読みください。

5、同和補助金・委託事業費に依存する部落解放運動―「人のふんどしで相撲をとる」​(他人を利用して自分の利益にしてしまうこと)​
 同和対策は部落解放運動団体(「解放団体」)を支えてきました。なぜなら、もともと部落解放運動は差別事象に対応する「一揆主義的傾向」の強い運動であり、政党や宗教団体、労働組合のような組織性と自主財政力のある組織ではありませんでした。
 同和特別法が制定され、自治体は同和対策を円滑に推進するための地域の協力団体として「解放団体」に運動補助金や委託事業費を支出しました。そうした財政支援を基礎に「解放団体」は専従体制を確立し、組織を肥大化させてきたという経過があります。勿論、中には自主財政で運動をしている組織もありましたが、それは極めて少ないようです。 
 財政的にいえば、まさに「人のふんどしで相撲をとる」のような状態にあったのです。
 同和特別法終結以後は、
①同和対策の終結が全国的に進み、法的対象とされていた「同和地区」「同和地区住民」が消滅するとともに、その基礎となっていた「部落民」「被差別者」という「身分的連帯」が急速に希薄化している。
②同和対策推進協力金である補助金や委託事業費の削減や打ち切りが進む中、専従体制が維持できなくなり、組織の解散・衰退が進んでいる。
③同和対策で獲得した「部落差別判定者」としての「権威」や「社会的地位」が瓦解しはじめ、「解放団体」の社会的価値が急速に低下している。
 ​こうした中での「推進法」はまさに天から垂れ下がってきた金色に輝くクモの糸のようなものなのです。​



◯「人権条例」制定運動は「解放同盟」(同和派)の便乗商法のようなもの​​​​

​​

1、「人権条例」は必要なし―「笛吹けど踊らず」
       ​
(いかにおだてても人が応じないこと)​​​​​
 「人権条例」制定運動は「解放同盟」(同和派)の強い福岡、大分などの九州地方を中心に広がりを見せているようですが、全国的には「笛吹けども踊らず」という状況のようです。
 その背景には次のような状態が生まれているからです。
①同和特別法(33年間)に基づき、国費を約15兆円も費やした同和対策が人権擁護施策推進法(1997年3月末)をもって終結し、それ以後、同和対策を完全に終結する自治体が広がっているため、そうした自治体では「人権条例」制定が受け入れがたい状態にあること。
②すべての自治体が人権教育・啓発推進法(2000年12月)に基づき、人権教育・啓発基本計画を策定し、教育・啓発を推進しているため、新法の根幹である相談・教育啓発計画を新たに策定する必要がないこと。
③法的に「対象地域」「同和地区」や「部落」「部落民」が完全に否定されているために、日本国民を分断する実態調査の実施が不可能なこと。
​​ 以上のように「人権条例」の制定運動が「​笛吹けど踊らず​」になるのは当然なのです。​​

​​​​2、「人権条例」は積立するものではない​​「​屋上屋を架す」            ​​​​(いくらしても効果はないこと)​​​
 今回「人権条例」を制定した自治体を見ると、かつて「解放同盟」(同和派)主導で進められた「部落差別撤廃条例」(1994年前後)を制定した自治体とほぼ重なります。さらに、その後も多くの自治体では「人権尊重のまちづくり条例」などが制定され、条例文に「部落差別」という文言があるかどうかは別として、ひとつの自治体に同趣旨の「人権条例」が重なり合うという状態になっています。
 こうした自治体における「人権条例」制定運動の目的は次の通りです。
①「解放同盟」(同和派)が唯一の「部落差別判定者」であることを行政に認定させ、社会的権威・地位を保全すること。
②唯一の「部落差別判定者」であることを行政に認定させることにより、引き続き同和補助金・委託事業費、人権・同和教育推進関連経費の継続的支出を担保すること。
③自治体との癒着を維持し、運動と組織の永久化をはかること。
​​ 以上のように「人権条例」は​「屋上屋を架す」​​だけで、部落差別の解消とは全く無縁のものですが、「解放同盟」(同和派)にとっては命の綱であることを理解しておきましょう。​​

​​​​​​​3、自治体及び議員の皆様へ―「結構、結構はあほうのうち」      (自分の意見をもたず、従順なのはあほうと同じ)​
 「人権条例」が重なり合う状態にある自治体は「解放同盟」(同和派)の言いなり自治体がほとんどです。こうした自治体に対してあえて厳しい意見を言わせていただくことにします。
①法的に「対象地域」「同和地区」や「部落」「部落民」も存在しない、部落差別も生起していないのに、誰が書いて発信しているかわからない「ネット差別」を根拠として「人権条例」をつくるということに矛盾を感じないというのは無責任の極みである。
②部落差別の解消には無駄で効果がないことと知りながら、「人権条例」を制定しておけば、「解放同盟」(同和派)と「もめなくてすむ」と考えているとしたら、それは面従腹背という卑劣な態度で、「解放同盟」(同和派)を侮蔑していることになる。
③本気で部落差別をなくす為に努力してきた自治体は、部落差別の定義、部落問題解決の方法、現状を正確に把握していますから、運動団体のいいなりに「人権条例」は作ることはありません。「部落差別」の解消に役に立たない要求は拒否し、反対すべきである。
​ 主体性のない態度は「結構、結構はあほうのうち」というもので、いずれ当該自治体だけでなく、そこに住む住民たちもそう思われるようになるかもしれませんから気を付けてください。​

​​​​4、住民はもう意図を見抜いている―「杖を挙げて犬を呼ぶ​​    (害する意図があれば人はよりつかないこと)​
 前記の九州地方では「解放同盟」(同和派)がのさばっているようですね。福岡県の飯塚市では「解放同盟」に人件費を中心に毎年4億2千万円も補助したり、「解放同盟」の設立した「NPO人権ネットいいづか」にはのべ4億5000万円の人権啓発事業委託をおこなっているそうです。こうした状況は程度の差はあれ、九州全域の自治体にみられる状況のようで、まさに「同和は金づる」。「人権条例」は自治体の発行する「補助金の誓約書」のようなものなのです。
 「人権条例」の背後には「解放同盟」(同和派)がその利権を維持していくために地位を保全しようとする意図があることは明白です。こうした意図が見え見えになってくれば、当該住民は部落解放運動だけでなく人権教育・啓発に対しても拒否意識を持つことになります。
​ こんな「人権条例」は「部落差別」解消どころか信用もされない「杖を挙げて犬を呼ぶ」代物になるのです。​

​​​​5、もうおしまいだ―「鳥のまさに死せんとするその鳴くや哀し」​​        (終わる時は騒がしいが悲しいということ)​
 国の同和特別法が終結して以後、多くの場合「人権条例」は「同和は金づる」「人権条例」は自治体の発行する「補助金の誓約書」のようなものになっているようです。しかし、どう考えても「推進法」のような部落差別に関する法律はこれが最後。よって「解放同盟」(同和派)の「人権条例」制定運動も最後になりそうです。それゆえに必死で運動を進めているようです。
​ まさに「鳥のまさに死せんとするその鳴くや哀し」という状況にあたるといえます。​
 



​​​◯「推進法」を根拠に同和対策の完全終結を​​​

1、「ネット差別」を放置するな―​​「根がなくとも花は咲く」​​​
         (事実無根のことでも一時は話題になる)​​
 「推進法」制定の根拠となったのは「ネット部落差別」です。部落差別に関する書き込みについては部落問題の基本的性格に関する基礎知識と社会的常識さえあれば影響を受ける人はほとんどいないものと考えますが、新型コロナウイルスのデマのように放置すれば一時的にせよ混乱を招く危険性がありますので、絶えず正しい情報を発信することを怠ってはいけません。
 「推進法」制定の主な契機となった「ネット部落差別」の書き込みをよく読んでみると、「部落問題」に対する無知蒙昧から生まれる「古典的偏見」が原因というより、格差社会における疎外感・孤立感・人間不信と、「解放同盟」(同和派)の運動行為、特権的な同和対策に対する怒りや不満が結合して発信されているものが多いようです。
 「地名総鑑」をネットにアップして「してやったり」とほくそ笑んでいる人間を想像すると腹が立つというより気分が悪くなります。やがてこうした記事は、他の「ヘイト・スピーチ」と一まとめにされ、言論・表現の自由から逸脱した社会犯罪として、権力の取り締まりの対象になるのではないかと危惧せざるをえません。実際に自治体によるプロバイダ事業者への削除要請は増加し、警察庁のサイバー犯罪対策課への取り締まり要請も増加しているそうです。
​ 「推進法」では無理となれば、「ネット社会」が「ネット差別」を根拠に国家権力により規制されることになるでしょう。私たちは「ネット社会」の言論・表現の自由を守るためには、自治体に「差別書き込み」の削除を求めることよりも、正しい知識・情報の発信をすすめ、デマや誤りが受け入れられない状況をつくることが大切であると考えます。

2、附帯決議の完全実施こそ近道―「将を射んとするものはまず馬を射よ」(ものごとをなすにあたっては、まず根本に注目せよ)​
 「推進法」は法的に「部落差別」「部落民」の規定がないという致命的欠陥があることは明白ですが、同時に「人権条例」を制定すべき根拠もありません。むしろ附帯決議と一体的に理解すれば「人権条例」の制定などはありえず、むしろ「推進法」を「部落差別」の実態と合わせて正しく理解すれば「解放同盟」(同和派)を温存する同和対策を廃止することに重点が置かれていることは明白です。
 「人権条例」制定反対運動は大切ですが、それ自身は本丸をせめ落とす運動ではありません。「推進法」の本旨を国民に訴え、「解放同盟」(同和派)と自治体の癒着による違法な同和対策を終結させることが緊急の課題です。そのためには自治体の同和関連施策を附帯決議に基づき精査し、当該自治体の住民に暴露し、全住民的議論を巻き起こすことです。

​​​※この世のもので最も公平に配分されているのは良識である。​​
                ​(デカルト『方法序説』)​

3、「部落タブー」は無責任だ―「傍観するものはつまびらかなり」​​(利害の外にいるもののほうがものごとの道理がよくわかるはず)​
​ 「違法同和自治体」の住民は「推進法」の指摘する違法な同和対策の実態についてはほとんど知りません。その背景には日本のマスコミおよび一部の学者・研究者の中に「部落」「解放同盟」をタブー(触れてはならないこと)にする傾向が強く存在し、正しい報道や批判がなされてないことにも原因があります。​
 タブーの根源には、それを破ると不利益を被る、危害を加えられるなど、「こわい目に」に合うという恐怖心が存在します。暴力的「確認・糾弾」は別として、民主社会においては部落差別に限らず差別的言動が強い抗議や批判を受けることは当然のことであり、それを「こわい」と感じるのは自分の内心に贖罪感があるからで、本当は「部落」が「こわい」のではなく自分の持っている偏見が「こわい」のです。この「こわい」という言葉は、かつてのようなストレートな侮蔑語に取って代わる隠語というべきもので「部落民」を排除する言葉だといえます。
 日本の人口比からいえば「部落民」は0.75%(892,751人・1993年政府調査)にすぎず極めて少数。日常的に「部落民」と接触する機会は少ないはず、直接的に「こわい」という体験をした人は少ないはず、さらに、その「部落民」も日本国民の無知蒙昧な偏見が解消される中で消えつつあります。
​ 「こわい」という認識は実体験よりも伝承によって盛られ、現実から切り離され異常にイメージ化(ゴースト)されて流布されてきたものです。「ネット」に掲載されている今は存在しない劣悪な「部落」の写真などはその典型です。そして、このタブーは「解放同盟」(同和派)に対する批判を抑制する防波堤の役割も果たしていることも理解しておく必要があります。​
 いつまでも機械的にタブーとして発信をつづけるマスコミおよび一部の学者・研究者たちの役割は誠に失礼ながら百害あって一利なしの存在となっていますので反省を。
 国民として同和対策の現状を調査し、その内容をSNSで公開し、国民の問題として知ることはなんら問題ではありません。自らの納付した税金の使い道をチェックし、SNSに公開し、必要な改善を求めることは当然のことです。
 ​知る。伝えることが現実を変えるのです。​

※隠語(いんご、Jargon)とは、ある特定の専門家や仲間内だけで通じる言葉や言い回しや専門用語のこと。外部に秘密がもれないようにしたり、仲間意識を高めたりするために使われる。(『ウィキペディア(Wikipedia)』)

※詳しくは本ブログ『消えゆく部落民―心のゴースト③』(2016・1・30)をお読みください。​

​​4、最後に​​
 以上のように「推進法」の本質は「同和対策終結推進法」ですが、一部には「推進法」を「部落差別永久化・固定化法」という主張があるようです。これは「推進法」を根拠にして同和対策を国民的運動で廃止するという運動に水を指すことになりますから、そろそろやめるべきであると考えます。 
 法文の中に「部落差別」という文言があるために、それを契機にして「人権条例」制定運動が起こっているとしても、それは「解放同盟」(同和派)の解釈であり、部落差別を「永久化・固定化」とは質を異にするするものです。
 本来、部落差別は実態概念であり、差別事象が発生してはじめて差別となりますから、「推進法」によって部落差別が復活する、多発するという主張するためには根拠が必要です。
 現代における部落差別は封建社会の身分イデオロギーの残滓から派生したものです。人民の民主主義運動の発展と日本国憲法に基づく基本的人権を基調とする民主社会が定着するとともに、封建的な社会関係・身分イデオロギーが解消する中で、実態的にも消滅していくものなのです。
​ 認識論からいえば、部落差別は「部落」に対する無知蒙昧な非科学的認識が科学的認識に置き換わることにより解消してきたものであり、一旦獲得した科学的認識は「部落差別」という文言があるだけでは基本的に「ひっくり返る」ことはないということです。このことは「意識は意識された存在以外のなにものかでありうるためしはなく、そして人間たちの存在とは彼らの現実的生活過程のことである」(カール・マルクス『フォイエルバッハ序論』大月書店)が指摘しているとおりであり、現代の心理学や脳科学の到達点から見てもこの見解は正しい認識なのです。ましてや、法律の目的は「部落差別の解消」であり、附帯決議まである以上、そうした主張には説得力がありません。​
 また、運動論的な観点からいえば、「推進法」が「部落差別」を「永久化・固定化」するというならば、「人権条例」よりも部落問題の解決には決定的な障害となり、「推進法」廃止運動を主たる運動目的に掲げてたたかわなければならなくなります。そうした運動が国民的支持がえられるかどうか冷静に考えて見る必要があります。
※詳しくは本ブログ『残念ながら「部落差別解消推進法」は成立してしまいました』(2017・2・2)の参照を。

※参考文献 『ことわざ名言事典』創元社編
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​​​​​​部落解放運動とキリスト教が神戸で化学反応を起こした​​​​​​ ​​​​―鳥飼慶陽牧師夫婦の部落解放運動50年の意義―​​​​

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​​​部落解放運動とキリスト教が
神戸で化学反応を起こした
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​​
​​​―鳥飼慶陽牧師夫婦の部落解放運動50年の意義―​​​​



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 神戸における部落解放運動の奇跡ともいえる幸運は鳥飼慶陽さんとその妻偕子さんを得たことでありました。
 この二人は日本基督教団の牧師でありながら、労働牧師として、ほとんど同和対策が着手されておらず、部落解放運動の内部に「一般人」を「差別者」とみなす排外主義の暴風が吹き荒れている中、神戸の「旧同和地区」に住み、極めて自然に部落解放運動に参加してきました。
 以来50年、ともすれば「被害者意識」に流され情動的に走りがちな運動論に対して理性と知性にもとづく理論と政策を提示し、日本有数の都市型の「大規模同和地区」を数多く抱える神戸市の同和対策を、全国の自治体に先駆けて完了・終結させる支柱となりました。
 ​キリスト教と部落解放運動はなぜ融合できたのか?​
​​ 最新刊『賀川豊彦と私たち-部落問題の解決と番町出合いの家』の中にその答えはあります。「『部落解放』『人間解放』というこの『解放』という言葉は、わたしたちがひさしく忘れ去っていた『人間の基本語』であった。そして、​​キリスト者の眼でとらえる人間性の根源的把握とその生き方の探究は、私たちの予期している以上に、​部落解放運動に対しても重大な貢献をするであろうことは確実であると思うのである」​​​と、見事に根源的な出合いを実現しているのです。​​
 もし、人間愛を説くキリスト者の多くがこのような立場に立つなら、これまで以上に部落差別の最終的な解決を早めるだけでなく、あらゆる理不尽な差別の解消に画期的な貢献を果たしうるのではないでしょうか。
※「出合い」とは、鳥飼さんはこの本の中で「出会い」を「出合い」とした理由を、この「出合い」は日常的にある自分と他人との物理的な出会いを精神的な出合いにまで昇華したもので、悩みをもつ人間同士、その悩みを話し合い、共に解決していく機会と説明している。



​​​​​​​​​「新刊出版記念―鳥飼さん50年から学ぶ会」の報告​(要旨)​​​​​​​​​






 昨年12月15日に兵庫人権交流センター(神戸市長田区)において開催した「『賀川豊彦と私たち―部落問題の解決と番町出合いの家』出版記念―鳥飼慶陽さんの人権・地域住民運動50年から学ぶ会」(以下「鳥飼さん50年から学ぶ会」)の内容を報告させていただき、キリスト教と部落問題の本来あるべき関係について問題提起したいと考えます。
 会は安心・しあわせネットワーク神戸人権交流協議会(神戸人権交流協議会)、神戸医療生協番町診療所が共催し、鳥飼さんの50年の長きにわたる人権・地域住民運動の歩みから多くのことを学ぶとても意義ある集会となりました。
 司会は森元憲昭神戸人権交流協議会代表幹事が勤め、「鳥飼さんが日本基督教団の牧師として自らの宗教的信念と『部落解放』を見事に結合させて、部落解放運動だけでなく地域の自治・民主主義を育てる運動の柱として貢献されたことは大きい。本日は新刊本の出版記念と合わせて、鳥飼さんの人権・地域住民運動50年から、共に住民運動をやってきた仲間として、その思想と歩みからしっかり学びたいと思います」と挨拶しました。


 
​ 部落解放運動の本質は宗教の本質に通じていた​​​



 兵庫県生活と健康を守る会連合会会長 森口眞良さん​

 鳥飼さんには感謝し御礼申し上げたい。 
 私も20代から当地区に関わってきました。鳥飼さんの当地区に対する愛情。差別を何とかしなければならないという強い気持ちをいつも感じてきました。
 鳥飼さんが労働牧師となることを決意されて当地区にこられた1966年当時は、6千世帯、2万人が住み、共同便所、共同水道が一般的であった。ゴーリキーの「どん底」を黒沢明が映画にしましたが、映画そのものでした。
 こうした中、住む場所は家賃6千円、六畳一間に一家4人暮らし。ゴム工場で働いて食べていく。こういう生活をしながら部落解放運動の理論的な中心として支えていただいた。
 この本によれば、鳥飼さんがこうした生活の中で、自覚的につかみ取った言葉がそれが「解放」であると書かれています。「部落およびゴム産業の現状も深い問題意識を呼び覚ましてくれた。ぼくのこれまでの生活の中には欠落していた言葉、それが『解放』であったのだ。旧いわれから、そして形骸化した諸伝統から解放されて、自立した新しいわれ、解放されたわれをつねに探求していくことの悦びを知ったのである」とあります。
 鳥飼さんはよくこの時期を振り返り「楽しかった。楽しかった」といつも言います。本当にそうだったんだろうと思います。キリスト教のことは不勉強なので仏教的に言えば鳥飼さんにとって当地区は修行の場、悟りの場であったのであろうと思います。
 この本は運動論や宗教の本質をとらえているだけでなく、生きる上での哲学書でもあると思います。

※すべての善行は、ついに実を結ばざるをえない、と私は固く信じている。
​(マハトマ・ガンジー『世界の名著63』中央公論社)​



​​​​​鳥飼さんの本は賀川豊彦から現代に届いたメッセージ​​​​​



 ​​元神戸松蔭女子大学教授 池田 清さん​
 鳥飼さんのこの「賀川豊彦と私たち」から、賀川さんらによって神戸の人の暮らしはどう変革されたかについて述べたいと思います。
 一つは賀川さんは、「生活の座」を「宇宙意思」「宇宙の目的」から常に受け取り直すことを意欲し、貧困・病気・戦争といった「宇宙悪」の問題の解決にむけて生き抜いた。
 二つは消費組合運動・労働組合運動・農民組合運動・水平社運動なども私的利権や暴力的行為などに押し流されない、厳しくこれを乗り越えていく道を歩み続けた。
 三つは超高齢化社会における社会福祉の担い手は、住民自身の自発的・自覚的パワーにある。「地域の再生」を実現していくためには、「出合いと友愛・協同」という関係を足元の「生活の場所」のところで構築するための地道な努力が欠かせません。この本は賀川さんの足跡から大切なヒントを汲み取る必要性を提起しています。
 中村哲さんの「武器ではなく命の水を」。教皇フランシスコ「軍備均衡(核抑止力、恐怖と相互不信を土台とした偽りの確かさの上に平和と安全を築く)が平和の条件であるという理解を、真の平和は相互の理解の上にしか構築できないという原則に置き換える必要があります」。
 宮沢賢治は「世界が全体幸福にならないうちは個人の幸福はありえない。自我の意識は個人から集団、社会宇宙と次第に進化する。この方向は古い聖者の踏みまた教えた道ではないか。新たな時代は世界が一つの意識になり生物となる方向にある」と言っています。
 賀川さんが活躍した時代は、弱肉強食の大国主義・植民地主義、グローバル化・市場主義化の時代でした。そしてファシズムと戦争の時代でした。これを必死で食い止めようとしたのが賀川さんでした。  
 今何が求められているのか。鳥飼さんは地域を再生するために、出合いと友愛・協同を生活の場所から取組むことが求められていると言われています。これは賀川さんが言いたいことを現代的な言葉で表現されたものであると思います。 
 とても感動を覚えました。どうもありがとうございました。



​​次の本では夫人の鳥飼偕子さんの功績を明確にすべき​​​​​​​



​ ​​神戸外国語大学名誉教授   大塚 秀之さん​​  ​
 鳥飼さんとの関係をお話しさせていただきますと私は1940年生まれで、同じ生まれなんですね。鳥飼さんは鳥取、私は群馬の生まれで1967年に神戸外大に就職。同じ時期に神戸に来たということです。
 外大が「差別落書事件」で大変混乱していた時代に、「差別落書事件問題」について兵庫部落問題研究所の鳥飼さんから月刊誌に原稿依頼があって、これが最初の出会いです。それ以後、皆さんと会えて一緒に運動できたことは大変良かったと思います。
 私のアメリカ研究の中心は黒人差別の問題なんですね。性格の違う差別問題ですが、研究する上で、部落問題・部落解放運動に理論面でお世話になることで、黒人差別についてもすっきりさせることができました。
 そういう意味で鳥飼さんとは長い付き合いになっています。そうした視点から一言いわせていただければ、この本の書名は少しおかしいと思います。『私たち』と言いながら奥さんの姿が全然出てこないのですね。
 あとがきのところで「番町出合いの家の小さな実験は夫婦二人三脚の歩調が整わなければ一歩も進むものではありませんでした」とやっと出てきます。これはちょっと不公平ではないかと思います。
 こんどは「私たち夫婦の部落問題の解決と番町出合いの家」という本を出されたらと思います。

​※人間はすべて平等に創造されていること。創造主から他にゆずることのできない諸権利を与えられていること。それらのなかには生命、自由、幸福の追求の権利があること。​
(『アメリカ独立宣言』より)  ​




​悩みを持つ人間の出合いの場所に僕はいました​​​​​​​



鳥飼慶陽牧師からのお礼のあいさつ​​​​

 このような晴れやかな席は苦手なので極力避けてきましたが、この本の出版が最後だと考え、さらに、仲間たちがやってあげようというので断り切れませんでした。でもいい機会をつくっていただき心から感謝いたします。 
 僕の信条は「出合い」(「人間」は「人間」として「出合う」)であり、日常的にある自分と他人との物理的な出会いを精神的な出合いにまで昇華したもので、悩みをもつ人間同士、その悩みを話し合い、共に解決していく機会のことです。そして、その場所が「出合いの家」なのです。
 番町に来て出合った人たち、部落問題を通じて出合った人、宗教に関連してもキリスト教関係者だけでなく日本の禅文化を海外に広くしらしめた仏教学者鈴木大拙の著書から学び、さらに、キリスト教と仏教を重ねあわせてきたような人たちとの交流も続けてきました。先ほど論評をいただいた大塚先生との出合いから外国語大学に講師として招かれ学生の皆さんに話をさせていただく機会をいただいたことも大変嬉しかったことを憶えています。 
 私は小学校の先生になりたかったのですがどうしてか牧師になった。そして、労働牧師という道を歩み始める中、それが楽しいと感じる自分がいました。恐らくは小学校の先生は楽しいだろうなという思いと牧師という生業は通じるものがあるのかもしれません。そういえば賀川さんも大変子どもが好きでした。
 今日はありがとうございました。

※(復活論争に関わって)地上にきたイエスが現在殺されたままで、ちゃんと生きたままで、我々の助けになっているということです。そして今、イエスとしてきた、その生命の根本・源は、キリストはここにあって、生きているということです。そういうことは、単純に事実なのです。​
(『聖書入門』滝沢克己・三一書房)




 ​​牧師夫婦・一粒の麦の清々しさ​​​
最後に鳥飼さんの奥様偕子さん(写真左)のことも紹介しておかなければなりませんね。私たちはすぐに「夫人」は「縁の下の力」にしてしまうが、偕子さんもれっきとした日本基督教団の牧師であり、部落解放運動においては全解連時代の兵庫県連婦人部の事務局長として活躍した。
その頃もいまも偕子さんが牧師であることを知る人は少ないであろう。誠にいいにくいがこの人は地域の「おばちゃん」に昇華しているのだ。
聖書に『一粒の麦もし死なずば』というキリストの言葉(『ヨハネ伝』の第12章24節)がある。麦の種は種であることを自覚していない。しかし、麦の種は地に蒔かれれば未来に実る。
偕子さんは現在も地域住民運動、平和・民主運動の先頭に立たれ活躍されている。


※仲よきことは美しき哉。(武者小路実篤)​​​​​​​​​
































2020―部落問題を科学し、部落問題を最終的に解決する

2020ー部落問題を科学し、
部落問題を最終的に解決する





 年のはじめです。
 ネットの中には、憎悪や妬(ねた)みや嫉(そね)みのはけ口として書かれているような記事、部落および人権に対する誤認に基づく記事が横行していますね。
 かつてこのような内容は公共の便所など、人目のつかない場所に書かれ、「差別落書き」といわれ器物損壊罪として「取り締まり」の対象とされていましたが、ネットが普及するにつれて「ネット差別」に転化してきました。
 ネットは匿名性が高いうえ発信者が現実の共同社会から切り離された感覚状態に置かれるために、発信する内容が非理性的かつ攻撃的になる傾向が強いといわれています。
 当ブログは「常識」という社会の発展段階において定着した「疑いのない真理」に基づき部落問題を考えるという視点で発信しています。当然ながら、「常識」というものは、社会が経済的・政治的に発展することにより、新しい認識が成長し、それが支配的になれば「疑いのない真理」は書き換えられることになります。ゆえに「常識」は絶えず変化し、発展してきたものなのです。封建社会では「常識」とされていた部落に対する差別的認識も同じ運命をたどってきたのです。
 そうした観点に立ち、本ブログでは歴史・文化、生物・脳科学、社会学、心理学、社会心理学の観点からも現代社会における部落問題の本質を解剖し、「疑いのない真理」=「これが今の常識である」を提起してきました。 
 ​勿論、正しいかどうかはあなたが決めることですよ。​
 本当に部落問題に悩まれている方、部落問題を学習したい方はぜひ一度お読みください。きっと新しい認識の世界が広がることになるでしょう。


















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