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東日本大震災第3次支援


東日本大震災第3次支援報告

怒りの仮設-希望の持てない被災者たちの苦悩とたたかい

 「NPOまちづくり神戸」と神戸人権交流協議会は合同で、「阪神・淡路大震災の経験と教訓を伝え、被災者中心の復興に役立ててもらおう」と、宮城県内の仮設住宅自治会の支援を継続しています。今回、第1次支援(2011年11月)、第2次支援(2012年8月)の経験と教訓をもとに、第3次支援を9月の8・9・10・11日の4日間にわたって行いました。
 支援先は、宮城県内の石巻仮設住宅自治連合推進会、亘理仮設住宅団地、NPO法人亘理いちごっこ、東通仮設住宅町内会、岡田西町仮設住宅自治会、あすと長町仮設住宅自治会の6ヶ所で、激励と一年間にわたる募金活動で集められた総額で20万円の自治会活動支援金を渡し、仮設住宅自治および復興の現状と課題についてお聞きしました。 
 また、今回は「被災者の今」を、神戸市民をはじめ可能な限り全国に発信したいと、今の気持ちやご意見を葉書と手紙に書いていただき送付していただくように自治会の皆さんにご協力をお願いしました。すでに20人をこえる被災者から支援に対する感謝とともに、復興にかける想いが寄せられてきています。その内容を紙数の都合で紹介できないのが残念ですが、また、機会があれば紹介したいと考えています。
 
老朽化の進行と苦悩し、たたかう自治会   
 
 仮設の居住期間は2年、すでに仮設住宅は老朽化してきています。天井は浮き上がってきており隙間から外が見える。はきだし窓(人の出入りする開口部)がない。結露、カビ問題も深刻化してきています。石巻仮設自治会の山崎信哉会長は「断熱材の入っていない仮設があった。換気も悪い、湿気が多いのは住宅敷地に排水路がないため水が溜まるのが原因だ。国は居住期間を延長したが、自力再建、災害復興公営住宅の建設、集団移転事業が進まず、仮設住宅での生活が長期化する可能性も高くなっている。老朽化がさらに進めば、さらに劣悪な居住環境のもとで被災者は生活することになる」と将来の不安を語っていました。
 災害が頻発し、緊急に仮設住宅が絶対必要とされる状況が生まれることを想定すると、国が大手のプレハブメーカーと契約し、大量にストックしておくことは重要なことです。しかし、東日本大震災では大手のプレハブ仮設には欠陥が多く、たびたび問題を起こしています。本多昭一京都府立大学名誉教授は「阪神・淡路大震災の時から指摘されてきた問題点を改善していない。国は仮設住宅の構造や設備については基本的人権が最低限守られる基準を確立することが必要である」と指摘しています。
 さらに、ソフト面でも大きな問題があります。当然のようにどこの仮設住宅でも被災者が被災者のお世話をしていますが、仮設住宅自治会で活動されている方のほとんどが家を失っており、中には家族・親族を失った人もいるのです。当然ながら自らも住宅・生活再建という課題を抱えています。そうした人たちにコミニュテイと復興の課題を背負わせているという問題です。 
 いずれの自治会長に聞いても電話代は月3万円かかる。連絡や行政との懇談・交渉に走り回るのでガソリン代もかかる。毎日苦情を聞かされる。時には「同じ人に50回も苦情を聞き精神的に限界に来ている」という会長もいました。 
 さらに、自治会運営に協力しないのに、批判、誹謗、中傷だけする心ない人もいるそうで、そのために「役員なんかやってられない」とやめる人も出ているそうです。また、自力再建して転出する役員も出るために力量が低下する。後継者が育たないという仮設住宅の宿命ともいえる問題もあります。
 

仮設を「収容施設」ではなく生存権を保障する施設に

 仮設は避難所の延長であり、プライバシーが最低限守られる避難所です。災害救助法は23条1項において「収容施設」として位置づけられ、応急仮設住宅の居住期間は2年となっていますが、国の判断で延長することができ、東日本大震災では、すでに居住年限の延長は決められています。しかし、被災者を支援すべき具体的な指針となる法令上の根拠はありません。当然ながら、自治・コミュニティについては想定されていず、すべて自治体と居住者任せになっています。
 自治体は仮設自治会と連携し、生活・医療・福祉などの相談活動を展開し、被災者を支援していますが、仮設住宅にはいろんな人が集まるのでルールを守り安全・快適な生活を保障することは大変です。日常的に駐車場の利用、騒音、高齢者の支援などでトラブルが発生します。残念ながらトラブルメーカーもいます。そうした解決はすべて自治会役員が背負うことになり、相当なストレスになっているようです。
 この点について各自治会長に聞くと、ほとんどの人が「自治会まかせにせず、政府や自治体が金を出し、専門スタッフを多数入れることが必要だ」と、答えていました。
 被災者に仮設住宅を提供することは、被災者の生存権を保障することであり、それは国の法的義務であることはいうまでもありません。仮設住宅は「収容施設」ではなく、「自立支援・援護施設」であるべきで、被災者が心を癒し、自立への決意を固め、生活と住宅の再建を実現するための出発点とすべき居住空間でなければなりません。
 「無料(タダ)で住んで、支援を受けて贅沢を言うな」という声がありますが、それは仮設住宅が被災者に多大な犠牲を強いる居住空間となっていることを理解せず、国や自治体が恩恵的に支援している「収容施設」であるという前近代的意識から生まれているように思います。
 私たちは仮設住宅が最低限の人権さえ守られていない「収容施設」であるという実態を広く知らせ、世論を高め、国に必要な法改正を行わせ、仮設居住者をはじめ、災害被災者の生存権を保障するための必要な施策を明確にすべきであると考えています。

被災者の声を聞かず決められた災害公営住宅建設計画

 宮城県の被災者に対する冷酷さは定評があります。福島県や岩手県が延長した医療費の免除制度をはやばやと打ち切りました。さらに、災害公営住宅の建設計画も「被災者の意向を聞かず計画した」ことに対する批判が広がっています。
 それを示す根拠が次の数字です。宮城県内仮設住宅は19,919戸あります。さらに、仮設建設が間にあわなかったために被災者自身が捜して入居した「みなし仮設」(仮設と同じ扱いで家賃が無料)が21,275戸あり、被災者が必要とする住宅は41,194戸です。しかし、宮城県は災害公営住宅の計画戸数を約13,600戸(今年8月末計画)と決定しており、仮設の戸数より少ないのです。
 石巻市仮設住宅自治会の内海徹事務局長は、宮城県の災害公営住宅の建設計画について、「宮城県は災害公営住宅の計画をつくりましたが、そのうち石巻市の戸数は2,878戸(民間借り上げ含む)になっています。この戸数では石巻市内の仮設7,000戸あまりからみても不足することは明白です。さらに、「みなし仮設」は市内に5,800戸、市外に5,000戸もあり、この災害公営住宅の計画戸数では、希望する被災者が到底入居できないのは明白です」と、計画のずさんさを指摘しています。
 この問題は仙台市内の各仮設、亘理町の仮設住宅の自治会役員からも指摘されており、宮城県が住宅の再建を被災者の自力建設を主に進めようとしていることを明確に示しているのです。
 内海事務局長(前出)は「高齢化社会の居住者の実態に正確に反映している。高齢者と低所得者の比率は高く、自力再建が出来る人がどれだけいるか?」と不安を語っています。さらに、仙台市内の岡田西町仮設住宅自治会の二瓶勝男会長は、自力再建の障害に、大工、左官などの職人の不足からくる日当の高騰(震災前8,000円、震災後14,000円)と、建設資材の高騰を上げています。「注文してもいつ完成できるかわからない」という。
また、危険区域に指定された被災者の多い東通仮設住宅町内会の山本靖一会長は、「避難所にいる時に、災害危険区域に勝手に指定された。仙台市の提案は、土地は市が買取るから、集団移転先の土地を買って家を建てろというが、被災地の地価は低く、移転先の地価は高い。金がなければ融資を受けろ、利子は払ってやると言っているが、みんなが財産を津波でほとんど失っている。高齢者に2,000万、3,000万円の借金ができるわけがない。また、どこの銀行が金を貸してくれるというのか」と、仙台市の被災者の実態無視の姿勢に強い怒りの気持ちを表していました。 

共に東日本大震災の復興を進める決意新たに

 第3次支援を通じ復興の問題点や課題が明らかになってきました。特に、仮設住宅に居住する被災者や「みなし仮設」に居住する被災者の生存権の基盤となる住宅再建が展望の持てないまま不安な状態にあるということです。そうした中で、被災者でありながら、被災者の声を聞き、行政と懇談・交渉し、被災者の声を実現しようとストレスと経済的負担に耐えながらたたかう人たちがいます。それが仮設住宅自治会役員の皆さんです。
 私たちは阪神・淡路大震災の支援への恩返しという気持ちとともに、「地域人権憲章」がめざす国民の基本的人権が尊重される地域社会を実現するという理念を果たす意味からも被災者が1人残らず仮設住宅から出て行ける日が来るまで、東日本大震災の復興を支えていこうと考えています。

  
                                                                          森元さん

                   文責・地域人権連神戸人権交流協議会副議長 森元 憲昭 







東日本大震災第三次被災者支援報告

生活・住宅再建に希望を持てぬ
 
仮設住民の苦悩と怒りの声



石巻仮設自治連合推進会を訪問

 9月9日午前10時、石巻市内に建設されている134仮設団地(7・053世帯)中41団地(4・032世帯)が加盟する石巻仮設住宅自治連合推進会を訪問しました。

石巻市石ノ森章太郎記念館_1


 この自治連合会を訪問したのは2回目で、1回目の万石浦の仮設の一室とは違い、石巻市の認定を受けた団体となっており、石巻市の社会福祉協議会の事務所の一角に事務局を置いていました。


石巻仮設住宅自治連合会_1

石巻仮設住宅自治連合会



活動費はすべて個人負担です

 山崎信哉会長の説明によれば、石巻市の助成は事務局1人分だけで、会長、事務局長など主な役員はすべてボランティアであること、加盟団地の連絡や会議のために、ガソリン代や電話代(月3万円をこえる時もある)の個人負担が大きいことを報告され、「みなさんのような自治会への直接支援はありがたい」と、感謝の意を表されました。

石巻仮設連合自治会 山崎信哉さん_1  
石巻仮設連合自治会 山崎信哉さん

被災者の実態を無視した災害復興住宅計画
 内海徹事務局長に現状と今後の課題についてお聞きしました。
 「宮城県は災害公営住宅の計画をつくりました。全体戸数は約13・600戸(今年8月末計画)で、うち石巻市は2,878戸(民間借り上げ含む)になっています。この戸数では仮設の7・000あまりの世帯数からみても不足することは明白です。さらに、仮設の供給が間に合わなかったため、民間住宅に自力で入居したものも仮設と同じ扱い(家賃が無料)とする「みなし仮設」(借上げ住宅)を活用したこともあって、「みなし仮設」は市内に5,800戸、市外に5,000戸もあり、この災害公営住宅の計画戸数では、希望する被災者が到底入居できないのは明白です」と、計画のずさんさを指摘しておられました。


石巻仮設連合自治会事務局長 内海徹さん_1 
石巻仮設連合自治会事務局長 内海徹さん


被災者の声を聞かない行政に不信と怒り
 これに対して、神戸の代表から、「神戸では市民の強い運動もあって、神戸市は仮設居住者をはじめ被災者の意向調査をし、計画戸数の見直しをしたが、宮城県や石巻市では意向調査はしなかったのですか?」と聞くと、「『復興公営住宅検討会議』(22名)は、仮設住宅入居者に文書を郵送して希望を聞いたと言っているが、文書が行っていない人が多く、私たちの所にも来なかった。被災者の声を聞かずに決めている」と、怒りを露されていました。
  事務所でお話しをお聞きした後、山崎会長のご案内で仮設住宅を視察しました。

石巻仮設連合自治会に支援金を渡しました。_1
 
石巻仮設連合自治会に支援金を渡しました



亘理仮設住宅を訪問


わたりふれあいの会に支援金を渡しました。 
わたりふれあいの会に支援金を渡しました



 同日午後2時、宮城県亘理町にある亘理仮設住宅を訪問しました。 この仮設住宅は5区画・900世帯、1,400人が居住し、宮城県内の被災者だけでなく、南相馬、相馬など、福島県の被災者も居住しています。
 ここでは「亘理ふれあいの会」の木村一行運営委員長、佐藤仁志事務局長、大條文子さんに応対していただきました。
 佐藤事務局長は仮設住宅の現状について次のようにお話ししてくれました。

わたりふれあいの会 木村一行会長 
わたりふれあいの会 木村一行会長

自治会づくりは困難でした
 入居は抽選でバラバラに入れられ、隣が誰が誰だかわからない状況で顔を合わせても話もしなかった。自治会づくりは二年前に行政から派遣された神戸のコンサルタントが入り作ろうとしましたが作れなかった。
 今から考えると亘理町は仮設住宅住民を従来(震災以前にあった)の自治組織の中に組み込む方針だったようで、本気で仮設に自治会を作る気があったのかどうかわからない。

ずさんな意向調査でつくられた復興計画

木村運営委員長は、仮設住宅の課題について次のようにお話しされていました。
 私たちは、自主的に「ふれあいの会」をつくり、仮設住宅の人たちの意見、要望を聞く会を持ち、町の被災支援課に要望している。
 仮設住宅の人たちの最大の関心は住宅再建で、災害復興住宅については町は入居者の意向調査のための書類を配布したと言うが、知らない人が多かった。
 現在でも、元の地域に住宅を建設するか、災害公営住宅に入居するか迷っている被災者が多い。にもかかわらず、行政はこのずさんな意向調査に基づき勝手に災害復興住宅496戸の建設計画をたて、仮公募を開始し、今年の8月一杯で締め切った。入居は抽選で決められ、これまでのコミュニティが活かされない。
 さらに、亘理町の被災者550世帯は「みなし仮設住宅」に居住しており、こうした居住者の要望を把握しているかどうかもわからない。大家の契約継続拒否、国の家賃負担の廃止(平成27年予定)になれば災害公営住宅への入居希望者が大量に出てくる可能性もある。
 すべての亘理町被災世帯の意向をしっかり調査し、実態にあった計画づくりを進めるよう要望していく。

被災者の意見は聞くが回答しない行政
 町の復興委員会には仮設の代表は入っていない。委員会の内容が公開されていない。また、説明もしていない。話し合いの機会もない。仮設住宅の住民も自分の意見を言わない状況にある。町と意見交換したが、全体の計画がなく、具体的な内容、進度が不明。仮設に空き家がでても希望者を入れないなど、問題が多いことを指摘していました。
 最後に、木村委員長は「一戸建ての場合は住宅ローンは最低2,000万必要。震災2年半目、失望の年だ。『三回忌』のイベントをしようと思っている」と、苦悩の深さを皮肉に変えて話されていました。 


被災地の自立復興を支援し、発信する 

「NPO法人亘理いちごっこ」を訪問しました
  

NPO法人亘理いちごっこ 
NPO法人亘理いちごっこ


 同日午後4時、亘理仮設住宅から車で10分くらいの場所にある「NPO法人亘理いちごっこ」(「いちごっこ」)を訪問し、馬場照子代表理事に活動内容と課題についてお話しを聞かせていただきました。
 「いちごっこ」は、震災後、仮設住民および仮設に支援に来るボランティアや支援者のためにバランスのとれた食事やお茶などを提供し、テレビや新聞で全国的に有名になりました。
 馬場さんとお会いするのは、第一次支援(2011年11月)の時にお会いしてから2度目になります。


被災地のNPO団体の課題について聞きました。_1 
被災地のNPO団体の課題について聞きました


「同じ物をすべての被災者に」が原則が壁に

 「いちごっこ」を立ち上げた動機は、震災直後に被災された方に何かしなければと、おにぎりやパンを持って岩沼の避難所に行った。最初は受け取ってもらえましたけど、後になると、受け取れないと断れました。理由は数が少ないので、「同じものを全ての人に配布する」という避難所の原則から外れているからでした。お年寄りや子どもに限って配ってほしいと思ったがだめでした。
 それでも友人に避難所の炊き出しを手伝ってと言われて4ヶ所に行っていた。そんな時、夜の9時、10時に避難所に被災者が仕事からへとへとになって帰って来て、冷え切ったおにぎりを食べたり、ご飯に冷え切った缶詰の汁をかけて食べている姿を見たとき、温かい食事が提供できる場所を作りたいと考えたそうです。
 最初の時は、仮設住宅の近くの小さな民家を利用して、主に仮設住民のためにカフェ・レストランを開き、支援・救援物資を活用して仮設住民には無料で、ボランティアには安い料金で温かい食事を提供してきました。
 このカフェ・レストランは被災者とボランティアの交流の拠点となり、被災者と被災地の情報発信基地ともなりました。 


亘理いちごつこ代表 馬場照子さん_1 
亘理いちごつこ代表 馬場照子さん
  

震災の傷を癒し、震災の記憶を伝え続けたい

 その後、仮設住宅住民の生活も落ち着き、ボランティアの数も減少したこともあり、緊急支援・救援型の活動を持続発展型の活動への転換を進めてきました。
 赤い羽根からの支援とご主人が土地(300坪)を買ってくれたこともあり、現在の場所に、借地料は月4万円、月10万円のリースのプレハブ住宅を建設し、カフェ・レストラン兼事務所を開設したそうです。
 現在のスタッフは常勤2人、パート10名でシフト制、有償ボランティア、学生30名登録し50数名が関わる団体となっているそうです。
 今回は、仮設から一定の距離をおき、被災者全体、亘理町に来られるボランティアの交流拠点にすること、亘理町の将来を考え、亘理町の特産であるいちごを活用したお菓子、料理を開発し、全国発信をしています。
 馬場さんは、「仮設はいずれなくなりますが、震災の傷跡は長く残ります。震災をきっかけに生まれた「いちごっこ」が、震災の悲劇を伝え続けるために、カフェ・レストランや商品を通じて亘理を発信していくことは大切なことではないかと考えています」と、被災地の将来を見据えて、自立的に発信していく拠点づくりの意義を語っていました。
 さらに、仮設に自治会が出来なかった原因についても、「亘理町は普通の農家のおじいちゃん、おばあちゃんが中心。みんなおとなしい。なかなか自分の意見はいわない。それをいいことに行政は勝手ににやってきた。復興計画づくりも同じだと思います」と、お話しされてました。
 さらに、宮城県の姿勢についても一言、「この農村地帯を担っていく支援が必要なのに、具体的計画がない。仙台いちごは全国的に有名だが実はみな亘理のいちごなんです。『いちごっこ』だけがそれを発信しようとしている。支援はない。宮城県は県南を大事にしていない」と、行政の問題点も指摘されていました。
 帰りに亘理のいちごを模した赤いいちごの形をしたロウソクをいただきました。
  「いちごっこ」では、とまと商品、いちご商品、エプロンなどのオリジナルグッズ、いちごストラップなどたくさんの手作り商品を販売しています。


一方的に危険区域に指定され集団移転に苦悩する
 
東通仮設住宅町内会を訪問しました


東通仮設住宅町内会に支援金を渡しました。_1 
東通仮設住宅町内会に支援金を渡しました

 9月10日、午前9時30分、宮城県仙台市内にある東通仮設住宅町内会を訪問し、山本靖一会長、副会長の庄子智香子さんに活動内容と課題についてお聞きしました。
 仮設には730世帯、3900人が入居。ここの仮設の入居者のほとんどが荒浜地区の人たちで、家および家財道具が全部流され全く何もなくなった人たちです。津波による死亡者が190人。他に通行人が50~60人が死亡したといわれています。
 庄子副会長は「ここは地震が来ても津波は来ないと昔から伝えられていた。これまで一度も被害はなかった。津波は塩釜、松島に来た後から来るから心配ないと言われていた。一次、二次の波はたいしたことが無いので油断した。第3波が大きかった。子どもや犬など大事なものを助けに行ったり、取りに行った人が約100人亡くなった。防災無線が機能しなかった。防災ヘリも来なかった。荒浜小に逃げた300人は助かった」と、当時の住民の意識と行動をリアルにお話ししてくれました。そして、故郷荒浜への思いは強いらしく、「冬は暖かく、夏は涼しい、環境が良い。だから荒浜に帰りたい」と、話しておられました。


東通仮設住宅町内会 山本靖一会長(左)と庄子智香子副会長(右)_1 
東通仮設住宅町内会 山本靖一会長(左)と庄子智香子副会長(右)_
 

 山本靖一会長は宮城県と仙台市が震災一週間後、被災者が避難所で落ち着かない生活を始めた混乱期に危険区域に指定したことに対して、「津波のシュミレーションをしないで決めている。被災した住民の同意は一切ないし、町内会長を集めて説明会を持ち決めたというが、その内容も住民に情報公開していない。アンケートも50%しか回収出来ていないのに、その7割が移転を希望しているとして、合意とみなすというもので、極めて被災者を無視した乱暴なものでした」と、怒りをこめて批判されていました。


厳しい集団移転を巡る問題を聞きました。_1 
厳しい集団移転を巡る問題を聞きました


 危険区域からの集団移転計画とは、仙台市が時価で土地と建物(流失してない)を買収し、その金で集団移転先の土地を購入させ、自力で家を再建させるというものです。当然ながら、被災地の地価は低く、売っても地価の高い土地を買い、おまけに家を建てることは困難です。そこで仙台市は足らずは借金しなさい。利息だけは仙台市が補填してあげようというあこぎなものです。 
 山本靖一会長は「被災者に高齢者が多く、ほとんどの人が財産を失っている。私も工場を津波に流され8,000万円近くの損失を出している。この上に3,000万円の借金をするのは無理なんですよ」と言う。さらに、「補修すれば住めるものでも今のうちに壊さないと困りますと言って基礎から壊した。基礎があれば再建しても違法ではなかっのです。どうも荒浜に焼却炉を建設するために土地が必要だったようだ」と仙台市の危険区域移転計画の背後にある意図を指摘していました。 
 お話しを聞きながら、明確になってきた課題は、高齢者はもとの荒浜に戻りたいが、危険区域であること、資金が無いために実現が困難であること、移転して一戸建てを希望している人たちも「息子に借金を継がせたくない」と悩み、仮に一戸建てを決断し、今から着工しても大工・左官等の手が足りず、早くても完成までに4年はかかるという問題に直面していること、公営住宅を希望しても抽選となるため荒浜から遠く離ればらばらとなってしまうことなどです。
 山本靖一会長は「心配なのは東京オリンピッで東北のこと忘れられるのではないか。建築資材と労賃がさらに高くなるのではないか」と心配されていました。
 庄子副会長はさんは地元の生まれで荒浜日東地区役員もやっていた。だからつながりも強い。移転しないで元のところにすむための運動もしているとのことでした。


二重ローンと大工不足の中で決断を迫られる 
 
岡田西仮設住宅を訪問しました

仙台市市内岡田西町仮設自治会と懇談。_1 
仙台市市内岡田西町仮設自治会と懇談


 9月10日、午前11時、仙台市内にある岡田西町仮設住宅自治会訪問し、二瓶勝男会長、佐藤前会長はじめ役員の方々に現状と今後の課題について聞きました。
 二瓶会長は、「この仮設に住んでいる人は、危険区域とそうでない区域に分かれている。危険区域ではないので自宅を元の地域に再建したいと考えている人が多い。いまも元の土地に自宅再建で月1世帯づづ仮設から出ている。現在、残っているのは42世帯です」と説明された。


岡田西町仮設住宅自治会のみなさんと記念写真。 
岡田西町仮設住宅自治会のみなさんと記念写真 


 前に訪問した東通仮設住宅のようにほとんどの住民が危険区域に指定されている地域とは違い比較的順調に住宅再建は進んでいるようですが、佐藤前会長が自分の再建についてお話しされたところによれば、「5人家族、息子は4年前新築をしたが津波で流されローンを抱えています。元の土地を仙台市に買上げしてもらって別の場所に親子ローンを利用して自宅再建中だが、息子は二重ローンになります」と苦悩を語ります。 さらに、住宅再建の大きな障害となりつつあるのが、職人不足と建設資材の高騰です。現在、リホームをしている人のお話しでは「大工がいない、震災前は一日8・000円だった日当が今は15・000円となっています。いつ完成するかわからない」と、不安は大きいようです。
 一方、危険区域に指定されている役員さんの一人は、「私は70才を越えており、息子と親子ローンを組んで元の土地に建てるかどうか悩んでいる。危険区域とそうでない区域の線引きのやり方がよくわからない」と行政の決定に強い不満を持っておられます。 
 自分の元の土地に家を建てられる人と別の地域に土地を購入して家を建てる人では負担に各段の差がでるようで、それが大きく復興の障害となっているようです。また、それについては、参加されているご婦人の方々からも、「行政は一方的に説明会で伝えるだけ。全壊の決め方や判定の仕方がよくわからない。あまり壊れてないところでも全壊となっている。大学のシュミレーションできめている」「支援策があっても使えない人が多い」「意見要望がつたえられない。責任ある人がでてこない」「東地区はいま草茫々となっている。稲はつくったが稗が多いところもある」など、批判的意見が噴出していました。
 若い人たちの現状について尋ねると、「見なし仮設住宅に入ってる人が多い、子供のためにもとの小学校を転校させずに送迎しているので大変です」と、住宅再建だけでなく、子供の教育環境を守るために苦労している状況が報告されました。
 長引く仮設住宅生活については、「高齢者が多く、一人暮らしもいるが、孤独死はありません。避難所にいた時に体調悪化で1人脳梗塞でなくなりました。避難所は仕切りもなく、プライバシーがなかった。悲しかったです」とお話しされました。
 最後にあるご婦人が「私、窓のあの白いカーテンががいやなの。ストレスがたまる。パッと窓を明け青空が見たい」と言われたのが印象的でした。仮設には庭がなく、窓のすぐ近くを人が行き交います。カーテンを開けていると覗かれるので、いつも閉めているというのです。


岡田西町仮設住宅自治会二瓶勝男会長(左2番目)に支援金を渡しました。_1 
岡田西町仮設住宅自治会二瓶勝男会長(左2番目)に支援金を渡しました




仮説住民の命と健康を守り、新しい住宅へ送る決意の

あすと長町仮設住宅自治会を訪問しました

仙台市内あすと長町仮設。_1 
仙台市内あすと長町仮設


 9月10日、午後1時、仙台市内にあるあすと長町仮設住宅自治会訪問し、飯塚正広会長と、自治会発足時から支援する新建築技術者集団の安部重憲さんに活動内容と課題について聞きました。 

 飯塚会長は、「あすと長町には233戸で185世帯が入っています。自治会結成一年半、仮設住宅の自治・コミュニティは落ち着いています。当然ながら近隣トラブルはあります。隣近所の音がやかましいとかでケンカが起こることもあります。しかし、自治会としては両者の間に入り、両方の意見を聞く。必ず役員2人で対応している。仲直りした例もあります」と、寄り合い所帯をまとめるていくことの苦労をお話しされていました。



あすと長町仮設。ゴーヤも枯れ始めていました。 
あすと長町仮設。ゴーヤも枯れ始めていました

 仮設住宅自治会の成果についてもお話ししていただきました。「これまで1週間に1回くらい救急車を呼んでいましたが、いまはなく健康にやっています。これは地域病院の長町病院との連携で、健康相談会を定期的に開催するようになったからです。外に出られない人には訪問などの必要な対応ができるようになったことが大きいと考えています」と、無事に再建住宅へ入居させるために居住者の健康を守るために配慮していることを強調されました。
 仮設居住者の住宅再建についてお話しを聞くと、公営住宅、自力再建、集団移転の三つが選択肢となっていること、仙台市内の被災者は約1万世帯、仮設住宅は2割、8・000世帯は「見なし仮設住宅」に居住しており、全世帯調査(「見なし住宅」はやられていない)では3・900人が公営住宅を希望し、100世帯は集団移転、仮設にづっと住みたいと言う人もいるという。
 しかし、仙台市の災害公営住宅の計画戸数は3000戸で、あとの被災者には自力再建か自力での住宅確保を求められることになるので、今後大きな社会問題となる可能性がある。特に集団移転はきびしい。実現は困難であろうと、指摘された。


あすと長町自治会長 飯塚正広さん 
あすと長町自治会長 飯塚正広さん


 安部重憲さんは、「公営住宅の方が得、ローンはくめない。息子と住むのは難しいのではないか」と指摘され、被災者の生活実態を無視し、科学的な意向調査を行わず、災害公営住宅の建設計画を決定した仙台市の姿勢を批判された。
 飯塚会長に、これからの仮設住宅について聞いてみました。「今の仮設の状況は将来の日本社会の縮図だと思う。集会所には市の職員2人、きずな職員(臨時職員)6人が配置されているが、勤務時間が朝10時から午後4時で、早朝、夕方が必要なのに機能していない。認知症のおばあちゃんの支援に行っていない事もあった。仮設住宅自治会の支援は行政からはない。町内会と同様の扱い。平時の状況下ではない。活動費を国レベルで支援するべきであると思っている。さらに、これから自力再建や災害公営住宅への移転が進むと自治会機能が衰弱し、スラム化、荒廃が予想される」と、仮設住宅において被災者の命と生活を守るための課題を提起されました。
 そして、「仙台市の歴史は、長く同じ市長が続き、一時革新市長が誕生したがつぶされてしまった。区役所はよくやってくれているが、本庁は『伏魔殿といえる』。意見を聞かず決まったものを押し付ける」と会長は市政の問題点も指摘されました。


飯塚会長に支援金を渡しました。_1 
飯塚会長に支援金を渡しました


 
2012年の第2次支援で、私たちが制作した小冊子『阪神淡路大震災被災者からの伝言』に対しては「呼んで涙が出た。これは私たちのバイブルだ」と深く感謝されました。
 子どものいる若い世代は「見なし仮設住宅」に入居しているのが特徴で、どの仮設においても共通していました。具体的な子どもたちの状況は聞き取りできませんでした。

資料 宮城県内仮設住宅 19,919戸
   みなし仮設 21,275戸
                  41,194戸
   宮城県内に建設される災害公営住宅計画戸数は 13・693戸



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