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​​消えゆく「部落民」―心のゴースト② 橋下徹氏の有田芳生氏に対する批判から考える部落問題の理解度

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​​消えゆく「部落民」―心のゴースト②​​
​​​橋下徹氏の有田芳生氏に対する批判から考える部落問題の理解度​​​

 誠に恐れ入ります。暗い山道を小さな燈明を提げてとぼとぼ歩いてきた小さな団体のブログを読んでいただきありがとうございます。小さな燈明しかなくても正しい道を歩けば頂上に到達できます。また、小さな燈明でも頂上にあれば暗い山道を歩く者の力になると信じています。





​​1、山にもいろいろあるように差別にもいろいろあるよ​​
 
 部落差別というのは「部落」を理由にした人権侵害があってはじめて成立する実態概念です。差別意識というのはまだ心の中に偏見・差別認識が残っている状態ですから、それが表現されたり、行動に移されない限り、差別とはいえません。相手の心の中を読める人間がこの世に生まれないかぎり差別意識だけでは差別にならないのです。
 まじめな人にかぎって「あの人が部落の人や」と心に思うだけで「自分は差別者とちがうか?」と誤解されている方もおられるようですが、簡単にいえばそれは認識(記憶)の一種にすぎません。但し、誤った認識を持っていると差別的言動に踏み出す可能性がありますから学習による自己検証をし、認識の書き換えをしなければなりません。
 差別にはいろいろあります。人種差別・民族差別、宗教や文化の違いから差別が派生することもありますね。それぞれの差別には成立過程や歴史性において本質的な相違がありますから、「差別」をひとくくりに認識してしまうのは誤りですね。「山」に例えて言えば、富士山、大山、六甲山など様々で、登山する場合は高さ、形状、立地場所などが違います。差別をなくすための方法にも違いがあります。色々の分野の被差別者の皆さんが主体的に立ち上がり、組織をつくり、社会にアピールして、国民的支持を得ることにより、政治を動かして法律や制度をつくり解決していくという大道は同じですが、当然ながら山登りのように、山によって装備や登山方法や、頂上に到達するまでの時間を考慮して準備しなければならないように相違点があります。本来、人権運動は不均等に発展・解消していくものなのです。
 こうした原則的認識を基礎にしなければ、正確に差別を認識し、解決する方法は見い出し得ません。「敵は味方のふりをして現れる」という言葉がありますように、往々にして日本のマスコミの人権報道というものは、正義感ぶるだけで、科学的な検討がないものが多く、人権侵害から国民を守る運動に無用な誤解や混乱を持ち込むことが多々ありました。
 今回は橋下徹前大阪市長(橋下さん)による有田芳生参議院議員(有田さん)への批判も検証させていただき、部落問題に対する認識の在り方を検証したいと考えています。

※このブログの用語解説-部落差別と差別意識の区別は前記のとおりです。部落問題とは部落差別にかかわる諸問題を総称しています。例えば、同和対策により派生する諸問題、同和対策に関わる暴力・利権あさり、「ネット差別」などを指します。「部落」は、かつて封建社会の身分を理由に差別を受けていた集落。「部落民」とはその集落に住む人およびその出身者を指します。「同和地区」というのはかつて同和対策が行われていた地域を指します。 
 同和地区に「」をつけないで表現している場合は現在も同和対策(同和補助金も含む)を行っている地域を指します。その場合は地区名を入れている場合があります。同和地区名を出すと「差別につながる」という意見がありますが、同和対策(同和補助金も含む)がはじまってから50年ちかくなります。同和対策(同和補助金)を市民の税金で行っている以上、市民に対する責任と覚悟が必要だと考えるからです。






2、橋下さんの人権認識についての検証    ​

​◯蓮舫民進党前代表の「二重国籍」問題からはじまる​

 橋下さんが有田さんを批判した内容について紹介すると、橋下さんが自身のツイッターで、蓮舫民進党代表(当時)が日本籍と台湾籍の「二重国籍」ではないか?という疑惑(主に自民党議員から)をもとに戸籍を開示することを要求されたことに対して、有田さんが「部落地名総鑑」を引き合いにして、「蓮舫氏に対して戸籍の開示を求めることは、部落差別と同質のものだ」と批判したことに対して、橋下さんが自分の出自が『週刊朝日』に掲載された際に、有田さんがその記事を「面白い」と言っていたことを指摘し、「自分の嫌いな相手なら面白く、自分の所属する党の代表なら人権問題にするのか」と激しく批判し、「こいつだけは許せない」と議員を辞職せよとまで言っている問題です。 

○橋下徹さんの人権認識の検証​

 橋下さんの論理の特徴は、いつも支配者側の立場で物を言っていることですね。従軍慰安婦問題での橋下さんの意見は「当時は必要だった」でした。簡単にいえば戦争を遂行する上で性奴隷は必要だったということです。まるで当時の陸軍参謀本部の見解のようです。さらに、「当時は必要だった」というのは詭弁ですね。橋下さんは、沖縄では米軍司令官に米兵の性犯罪を防ぐために「風俗」を利用するようにすすめています。これに対して、沖縄県議会は「暴言ともいえる人権感覚を欠いた発言」として抗議決議が賛成多数で可決されています。
 従軍慰安婦問題は韓国人女性だけについて報道されていますが、日本人もいたんですね。東北の貧しい農民の娘や、沖縄や「部落」の娘たちが売春宿に売られ、従軍慰安婦にされたのです。当然ながら従軍慰安婦の中には身分の高い、お金持ちの娘はほとんどいませんでした。少し感情的になりますが、当時の慰安婦さんたちの悲しみと怒りに思いをはせると、本当に「必要だった」と言うならば「橋下さん。あなたの奥さんや娘さんを従軍慰安婦にできますか?」と問いたくなりますね。
 国連の拷問禁止委員会は2013年5月31日、橋下さんの発言を念頭に「中央・地方の高官や何人かの国会議員を含む政治家が、継続的に公式に事実を否定し、被害者を再び傷つけようとしている」という勧告を出し、日本政府がこれらの発言に対して明確に反対するように求められていますが、一向に改める気がないようです。
 さらに、「当時は必要だった」という視点で言えば「身分制度は必要だった」という論理も成立します。徳川の将軍様と同じ認識ですね。封建的身分制度は社会の発展過程においては必然的なものでしたが、そのもとで人民の人権が抑圧され続けてきたことは明確な事実です。農民一揆などの抑圧に対する抵抗が社会進歩の基調となっているのです。坂本竜馬が出てきていきなり明治維新になったわけではありません。橋下さんの視点の中には人民はいないのです。
  有田さんに対する批判も面白い。有田さんが『週刊朝日』の橋下さんの記事を「面白い」と評価していたのを根に持っていたらしく、有田さんの国籍問題と部落差別を混同した意見については全く触れることなく、前記のように極めて個人的怨恨で、「ダブルスタンダードだから議員を辞職しろ」と言っているのです。
 最近も衆議院選挙後、維新の凋落に対する松井代表の責任を問う維新の若手議員に対しても、「誰のおかげで当選したと思うとんや、ボケ!」などと、品の悪い批判をしています。これは完全に独裁者的感覚ですね。
 橋下さんは法律家ですから、人権の概念はよくご存知なようですが、最も大切な人間らしい心がないようです。しかし、こうした言動は橋下さんだけではありません。安倍首相の「こんな人たち」、小池都知事の「排除する」などの発言も共通しているように思いませんか?これは権威主義者がよくみせる「のぼせ」(逆上した)状態であり、社会的成功者の中でも精神的発達の未熟な人たちに現れる共通現象のようです。
 さてこの人たちののぼせあがった心を治療するには何が必要なのでしょうか?それはトランスネーション(頭の中で民族・人種を転換して考える)をおこなうことですね。それができないような方は政治家をお辞めになるべきです。
​※トランス・ネーションについて、「私は、青少年期にさしかかるころから自分を訓練してきたことがひとつあります。中国のことを考えるときは、自分が中国人だったらと心からそういうようなつもりになることです。そのためには中国のことを少し勉強しなければいけませんが、とにかく中国に生まれたつもりになる。朝鮮のことを考えるときには、自分が朝鮮人であったらと、あるいは自分が在日朝鮮人だったらと思う。沖縄問題がありますと、自分が那覇に生まれたらとか、宮古島に生まれたらというように考える。そういう具合に、若いころから自分に対して訓練してきました。」(司馬遼太郎『昭和という国家』第12章・自己解剖の勇気)​

○佐野眞一さんと「朝日新聞」の人権認識の検証​​

 佐野眞一氏(佐野さん)は「ハシシタ奴の本性」(『週刊朝日』)において、前時代の「部落」のもつ暗いイメージである貧困、犯罪、やくざなどという状況を設定し、橋下さんの本性(DNA)の根源がそこにあるかのように描き出そうとしましたね。しかし、これは相手がいかに公職にある橋下さんに関する記事であっても乱暴ですね。当然ながら橋下さんは猛反発。橋下さんフアンを中心に国民的抗議が巻き起こり、連載中止をせざるを得なかったのです。『週刊朝日』は連載中止の理由を記事の中に不適切な記述が複数あったとしていますが、それが本当かどうかはわかりません。​(本ブログ2012年12月を参照してください。詳しい批判を掲載しています)​
 著名な作家の佐野さんですが、どうやら部落問題以前に人権とは何かがわかっていないようですね。他人のプライバシーや出自を知りたいという欲望は社会的に存在しますが、人権を守るという立場からいえば節度が必要ですね。お笑いの方が局部だけはお盆で隠して踊らなければならないのと同じで、お盆を外せば犯罪となるのです。
 この記事を読んだ私たちの感想を有体にいえば、「橋下さんの本性を暴く」などともっともらしいことをいいながら本質的には「出る杭は打て」という傲慢な社会的権力のよく使う手法であるというものでした。
 それは橋下さんの誕生の背景をみればわかります。

※橋下さん誕生の背景を思い出そう
①大阪は西川きよし参議院議員、横山ノック大阪府知事を誕生させた異常にタレント好きの自治体であること。橋下さんは超人気タレントでした。
②「飛鳥会事件」をはじめ同和対策をめぐる相次ぐ不祥事が相次ぎ、大阪府・市は泥沼状態でした。市民の間に行政不信が渦巻いていた。「解放同盟」と癒着を続けてきた民進党が凋落し、維新がとって変わった原因はここにある。
③衰退する大阪経済を再建するビジョンとして「大阪都構想」を提言した。
 当時、マスコミは橋下さんの「改革」を連日・連夜報道して持ちあげていたことを忘れているようですね。 

 なぜ潮目が変わったのか。それは前記の「のぼせ」がマスコミの鼻につきはじめたからでしょう。そこでマスコミは出自を利用し、人格攻撃をはじめ、イメージダウンを図ろうとした。 
 『週刊朝日』が「朝日新聞」の子会社であるところから部落問題の到達点に無知・無理解であったことには驚きませんでした。むしろ、さすが「解放同盟」の提灯持ちをしてきた「朝日新聞」。「仲がいいから、こんな記事を出しても『解放同盟』には怒られないんだ」と感心していましたが、後に、「解放同盟」が抗議し、「朝日新聞」の幹部と話し合ったそうですから、それは「誤解」であったようですね。
 いずれにしても連載中止は早すぎた。あのまま連載を続ければ恐らく「朝日新聞」をはじめマスコミの部落問題に対する無知・無理解ぶりが暴露され、国民的批判が広がったはずでした。なぜなら、日本のマスコミには人権問題解決への道を照らす自分の提灯がないからです。
 「被害者によりそう」などと高邁なことをいいながら、どのような社会状況になれば部落問題が解決された状態といえるのかがわかっていない。また、考えようともしていない。だから「解放同盟」に追随する報道になっているのです。
 無責任ですね。この無責任さが部落問題の解決を遅らせているようです。
 (「朝日新聞」のみなさん。部落問題報道を徹底批判していますが、私たちは長い読者ですよ。)







 ​3、有田芳生さんの人権認識を検証する​​

○蓮舫さんの問題は国籍問題 ​

 蓮舫さんの問題は国籍問題であり、本質的には民族問題ですね。当然ながら国会議員は日本国籍を有しないとなれませんから、蓮舫さんが台湾から帰化(17歳の時)した日本国民であることは間違いありませんから政治家としての資格にはなんら問題はありません。 
 蓮舫さんの「二重国籍」は日本政府が台湾と事実上の国交関係を結びながら、外交的には中国を正統な国家とし、台湾を中国の一部としていることから派生しています。この日本政府の見地からいえば台湾は国家ではないはずですから「二重国籍」というのは矛盾していますね。さらに、中国の国籍法が適用されていれば、蓮舫さんが日本国籍を取得した段階で中国籍は自動的に消滅しているはずですから「二重国籍」にはならなかったのです。
 しかし、「台湾国籍」の人が日本に帰化した場合は関係各所に「国籍選択届」というものをださなければ、「台湾国籍」は残るそうです。そうした問題を棚上げしてきた自民党に足を掬われてしまったのですね。
 蓮舫さんは17歳で帰化してから2016年10月まで「二重国籍」状態になっていたらしいですが、違法性はないのですから戸籍開示を拒否したらよかったのですが、自らの意思で戸籍を公表しました。これは落ち目とはいえ野党第一党(当時)、政権奪取を狙う政党の党首が「二重国籍」だと批判され続けるのは政治的にまずいと考えたからでしょうね。
 今回の戸籍の開示は、基本的には蓮舫さんの帰化手続きに「落ち度」があったかどうかの問題であり、民族差別ではありません。そうした本質からいえば、政治家としての「疑惑」に対する反論であり、党を守るための戸籍開示です。また、その行為を行ったからといって政治家としての蓮舫さんには何等実害は発生していません。イメージダウンについては主に蓮舫さんの対応のまずさから出ているように思いませんか?

○有田芳生さんの戸籍開示と部落差別の同質論​​

 有田さんは在日朝鮮人をはじめとする外国人に対する差別的言動の解消をはかる「ヘイトスピーチ対策法」に尽力した人権派の有名な参議院議員です。こうした方でも、差別問題となると何でも部落差別と結びつけて考えてしまう傾向があるようです。差別というワードで個別の差別問題を横つなぎにすれば、差別に反対する多くの人たちの注目や支持を得られるかもしれませんが、それは人権認識とそれに基づく運動に混乱を持ち込む可能性もあるのです。
 有田さんの「蓮舫氏に対して戸籍の開示を求めることは、部落差別と同質のものだ」との意見には次のような問題があります。
①国籍問題と部落問題を区別しないで議論している。
②戸籍を公表することはすべて差別につながると短絡視している。
③「部落地名総鑑」と絡めて戸籍公表を批判することにより「部落地名総鑑」問題の本質を歪めている。
 ①についてはすでに説明させていただきました。②戸籍の開示がすべて部落差別につながるというのは短絡的です。まず、戸籍謄本だけでは出自はわかりません。部落差別となるのは部落差別を目的とする戸籍謄本および住民票・附表の閲覧行為とその利用です。また、ほとんどありませんが自ら開示することも部落差別になりません。③「部落地名総鑑」というのは全国の部落の地名を書いた文書。戸籍の開示と「部落地名総鑑」とは直接関係ありません。「部落地名総鑑」は主に企業が労務管理のために購入したといわれていますが、それが就職差別につかわれたということはほとんど立証されていません。むしろ、業者から購入した企業名が「解放同盟」に流れたことにより、購入企業が確認・糾弾を受け、「解放同盟」いいなりの「同和企業連絡会」ができたことは有名な話です。
 「部落地名総鑑」を発行し、金儲けをするような行為、それをネットにアップして部落差別を煽るような行為は人間として下劣であるばかりか人権侵害行為となりますからすぐにやめるべきです。特に「解放同盟」を嫌う人はやめたほうがいいですよ。それが問題になればなるほど「解放同盟」は同和対策や補助金を要求する根拠にしますよ。また、「つるんでやっているんではないか?」という疑惑も持たれますよ。
 以前にも書きましたが、国民の人権認識は向上し、部落差別に反対する国民は広がっています。さらに、「部落」は大きく変化しています。混住が進み「部落民」でない人たちが多数を占める地域が広がり、日常的に「部落」「部落民」が意識されることは少なくなっています。こうした中で、「部落地名総鑑」を見て興奮するのは、心の中に「部落民」というゴーストが巣くっている「差別太郎」のような人間と、差別探しをしている「解放同盟」関係者くらいですから、冷静に対処するべきであると考えます。
 以上のように蓮舫さんの国籍開示と部落問題は同質ではありません。登っている山が違うのです。
  
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