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人権教育・啓発で部落問題を取り上げるのはもうやめよう

​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​人権教育・啓発で部落問題を取り上げるのはもうやめよう​​
 
 前号で心への「恐怖条件づけ」が差別・偏見を生むことを検証しました。特に、部落問題のように到達点を無視した教育・啓発の在り方は百害あって一利なし、新しい部落差別を創りだし、温存していく役割を果たすことになります。「差別をなくしたいという善意が差別を創る」。これはもはや茶番を越えて悲劇となります。

 
​​1、もうすぐ春だー路傍でひとと自然を愛する地蔵さんのように​​

 もうすぐ春が来ますね。部落問題で悩んでいる人もおられるかもしれませんが、まずは厳しい冬を無事に乗り越えたことをお互いによろこびあいましょう。
 春は人間をはじめとするすべての生物に対して平等に生きる希望を与えてくれます。だから、人間はつらく悲しい差別社会の中でも生きてこれたのですね。
生きているのは自然のおかげ、人間も自然のひとつ。

 梅が香や  どなたが来ても  欠茶碗​​​​ 
(うめがかや  どなたがきても  かけちゃわん)
          小林一茶(こばやし・いっさ)

 こんな気持ちで春を迎える人になれば脳のシミも消えていきます。

※自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようにはつくられていない。
 
        司馬 遼太郎『21世紀に生きる君たちへ』 




​2、提言します―人権教育・啓発で部落問題を取り上げるのはもうやめよう ​

 
 政府や自治体の教育・啓発資料は部落差別の悲惨さを強調する「恐怖条件づくり」。また、「解放同盟」をはじめとする運動団体、「朝日新聞」(「解同」御用新聞)をはじめとするマスコミも「ネット差別」を口実にして「恐怖条件づくり」。 それが同和対策の継続や復活論になるのだから恐ろしい。
 「部落差別解消推進法」(新法)が大きな問題となりましたが、新法以前に「人権教育・啓発推進法」(2000年11月成立)が存在し、国の責務、国民の義務、自治体での人権教育・啓発計画の策定と実施が義務づけられており、法律的にはこっちのほうが怖いのになぜ議論にならないのか。
 人権教育・啓発をまじめに取組まれている自治体職員のみなさんには悪いですが、まじめに推進することで、部落差別を解消するどころか、反対に、国民の間に「部落民」という心のゴーストを蔓延させていることを知るべきです。もっと疑問を持ってほしい。
 「部落民」―心のゴーストとは何か? それは人権教育・啓発、運動団体の行為、それに追随するマスコミの「恐怖条件づけ」によって創られた社会変化を超越した「部落民」という幽霊のことです。いわば古い時代の差別ではなく、新しい差別を創る培地(細菌を育てる場所)というべきものです。 
 この幽霊にとらわれた人たちが加害者となり、被害者となるのです
 
※自分がしている事が、自分の目的(エンド)になっていないほど苦しい事はない。
              夏目 漱石『行人』(新潮社)  





​3、部落差別は本当に発生していますか?​

 神戸市の人権啓発推進課から2016年度、2017年度(12月まで)の市民からの人権相談の件数と内容についてお聞きしました結果、次の様な回答がありました。
 2016年 61件(うち同和関連3件)
 2017年 48件(うち同和関連3件)  
 部落差別となるような相談はほとんどありませんよ。私どもの事務所にも一件もありませんでした。下品な噂や陰口(聞いたあなたが注意を!)のたぐいはあっても春の日差しの中で恥ずかしげもなく語れるような差別言動はないようです。

​​※無知は決して悪を生まない。危険な罪悪を生むのはただ誤謬の観念である。​​
               ルソー『エミール』(岩波書店)





​4、「ネット差別」は「ブラック差別」だ​
 
 「ネット」を覗くと部落差別が蔓延しているかのように感じますが、「ネット差別」というのは誰が書いたか、どのような目的で書いているのかわからない「ブラックボックス」の中の「差別」。ただ言えることは「ネット差別」の担い手がネットが苦手な高齢者世代(比較的差別・偏見が残されている)ではなく、どちらかといえば若い世代(差別、被差別体験のほとんどない)であることです。
 ゆえに「ネット差別」は現実社会の市民意識から大きく乖離している「ブラック差別」です。
 そうした「ネット」で語られる中には、「私の先祖は部落民かもしれない」「私の彼氏は部落民かもしれない」などという「悩み」も書き込みされていますが、それが本当の悩みだとしたら、あなたの「恐怖心」は現実社会から乖離していますよと言いたい。そういう人は、自分の歴史をたどり、どこで恐怖心を植えられたか解明してみてください。

※わが身にうしろぐらいところが一つもなくて生きていく事は、不可能だと思いました。
             太宰 治 『ヴィヨンの妻』(新潮社)




​5、仮想通貨に似ている差別・偏見​​

 仮想通貨が話題になっていますね。仲介人がネットの中に通貨をつくり、その通貨を個人が売買することで利益をあげるという投資ビジネスです。面白いのは、実際には存在しない仮想通貨の価値を信じる者によって成立していることです。
 価値があると信じている者には価値があり、信じない者には価値のない通貨。これは部落差別に似ていますね。部落差別を支えてきた「穢れ」などという古代の無知蒙昧な「俗信」の価値を信じるものだけに「部落民」が見え、「ネット内」で差別的言動が発生する。それを見て価値があると思うものがまた発信する。但し、仮想通貨の売買とは違い儲かることはない。これは社会に対する欲求不満のはけぐちであり、心が貧困化していく。
 勿論、このような古色蒼然とした差別・偏見はほとんど消えかけており、今は「解放同盟」の暴力的確認・糾弾や利権あさりと社会的不満が結びついた新型ウイルスのようなものです。 
 ウイルスは宿主がなくなると消滅するらしい。 

※トラがドアの前に立っていると、私が信じているのと、実際にトラがドアの前にいるのと、なんのちがいがあろうか。

         心理学者アドラーの言葉
         (『アドラー100の言葉』監修和田秀樹・宝島社)​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​
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