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被災者の人権課題は現場から学ぼう ​​​阪神淡路大震災―東日本大震災―熊本地震―西日本豪雨と続く日本列島

​​被災者の人権課題は現場から学ぼう

​阪神淡路大震災―東日本大震災―熊本地震―西日本豪雨と続く日本列島​

​​ NPOまちづくり神戸の本多昭一理事長(京都府立大学名誉教授)は、ことあるごとに「被災者の人権課題は現場から学べ」と主張されている。
 災害は基本的人権を根底から破壊する。一度破壊された人権のすべてを回復することは困難だが、まだまだ何かできることはある。それを一生懸命考えるために被災地にゆき、砂ぼこりをかぶり、腐敗臭をかぎながら泥をかき、家具を運びだしながら本当に大切な課題を見つけ出してきた。(本ブログ・東日本大震災仮設自治会支援)
 私たちの支援力は小さい。しかし、小さいなりに阪神・淡路大震災から東日本大震災、熊本地震に対して継続的に支援を続けてきた。私たちの信念は、1.必ず被災者のそばにゆく 2.継続する 3.被災者を忘れない である。今回も7月14日(県外受け入れ初日)に4名のボランティアを急遽派遣した。
 今回は今までと違い支援場所が近い。本格的な支援活動はこれからはじまる。​






















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部落差別を最終的に解決するのは人間愛

​部落差別を最終的に解決するのは人間愛

 
 皆さんは部落差別が最終的に解決された状態を想像したことがありますか? 
 以前にも書きましたように人間社会の差別は部落差別が解決すればすべての差別が一斉に無くなるというものではありません。社会の進歩と人間の人権認識の高まりにより、それまでは人権侵害として認識されていなかったものが人権問題として社会問題になりますから、部落差別の解決は人権社会の質を高めることになっても、差別とのたたかいは人類の課題として続きそうです。
​ 私たちは部落差別が最終的に解決された状態は、日本国民が地域、職場、学校・学園において「部落」「部落民」を意識することなく日常生活が送れるようになることだと考えています。「それなら今がそういう状態ではないか?」といわれる方がたくさんおられると思いますが、残念ながら「差別太郎」こと麻生太郎さんのような旧い差別的偏見にまみれた人が時々ですが出てきます。(出てくる背景は前号に書きました)また、「地名総監」をネットにアップして部落差別を「扇動する」ような邪な人もいます。さらに、逆差別しか生まない同和対策に固執している利権あさりを目的とする部落解放運動団体も存在しています。 ​
 ​こうした人たちに共通しているのは、部落差別をはじめとする人権侵害を解消していくための核となる人間愛が不足していることです。それは差別を受けて苦しみ、悲しむ人の立場、憎悪に満ちた確認・糾弾を受けて恐怖と精神的抑圧にさいなまれる人の立場になれない人たちのことを指します。​
 そこで今回は差別を最終的に解決する人間愛について問題提起させていただきます。​ (似合わないぞ!という声が聞こえる)​​






​◯原始的平等認識は人間の脳(心)に存在する​​

 人間には生まれつき「人間は平等である」という原始的認識があるようです。その原始的認識は、生命防衛本能と同じく本能的なもので人類(ホモサピエンス)が約20万年前にアフリカで誕生して世界に広がる中、家族・共同体を中心とする狩猟・採取経済の中で夫婦、親子、親族などに対する愛情が基礎となって培われたもので、DNAに刻みこまれているのかもしれません。特に共通言語の発達はその認識を強固なものとしたようです。 
 当然ながらその認識は近・現代的な基本的人権原理や道徳意識に基づく認識ではありませんから、人間が狩猟採取生活から農業生活に移行することで定住化し、剰余生産物の増加とともに社会的分業が広がり、階級社会が生まれ、身分社会が確立されると、人間の原始的な平等認識は身分イデオロギーに従属させられることになりました。
 ​しかし、その原始的認識はキリスト教では「隣人愛」、仏教では「慈悲」などという言葉で表現され、封建社会においても支配関係を越えた行動原理となっていたようですね。​
 
​※光明皇后の伝説(聖武天皇の后)に見られる愛​
 夢のお告げで、貧しい人のために風呂をつくり1000人の垢を自ら落とすという願をかけた。最後の千人目に体中が瘡におおわれた膿がしたたるような重病人だった。光明皇后は逃げ出したい気持ちで体が震えた。その時、その病人が「ある薬師が、慈悲深い人の口で膿(うみ)を吸い取ってもらえば、必ず治るといわれました。どうか私をお救いくださいませ」と言ったのです。
 光明皇后はたじろぎながらも心を定めて病人の体に唇を近づけ、顔から肩、胸から腰、そして足先まで膿を吸い取っては吐き、吐いては吸い取ったのです。すると、突然、病人は光を放って尊い仏になりました。
 このお話は光明皇后の仏への信仰の強さを示すエピソードですが、古代においても身分を越えて病人や貧者に奉仕することが慈悲だと教えています。






​◯人間愛が社会進歩の原動力​​

 脳(心)がいかにして差別・偏見を認識(記憶)するかについては、ワトソン(J.B.Watson)とレイナー(R.Rayner)が、生まれて11ヶ月の赤ん坊に対して「恐怖条件づけ」の実験を事例にして、恐怖認識が人間の認識や行動を左右することは本ブログで説明させていただきました。
 人間をはじめ動物は生命保存本能を持っていますから、自らの身体に対する攻撃に対して防御本能を発揮します。その恐怖は脳(心)によって記憶されます。この記憶された恐怖は維持され、種内において伝承されていきます。特に人間の脳は発達しているので、言葉や文字によって置き換えられ伝承され、慣習や文化として共同体においても共有されることになります。
​​ 脳(心)は自己の生命維持に脅威をもたらすような外的要因に対して、自己防衛の一貫として恐怖という感情を生み出し、対象に対して憎悪感情と排除を正当化するための論理や制度・習慣を受容していきます。それは同時に家族や共同体を守る愛でもあるのです。恐怖と愛は表裏一体に存在しています。大まかに言えば、この恐怖と愛の認識が国家の成立の基礎となっているようです。愛と恐怖が表裏一体であるというのは人間の基本的性格のようで、天使と悪魔、性善説、性悪説などに見られるように絶えず人間を葛藤させてきた哲学的命題の根源になっているようですね。 ​
 社会が科学的進歩を基礎に歴史的・社会的発展を遂げていくと、古代の論理(穢れ)や制度・習慣(身分・しきたり)は無知蒙昧の産物として解消されることになりますが、​このような変化は自動的(automatic)に進んできたわけではありません。社会の変化をとらえた新たな信仰や思想に基づく新しい制度を要求する人たちによって運動が進められて実現するものなのです。​
 その事例として空也上人(平安中期の僧)の行動は注目に値します。念仏信仰の集団を作って各地をまわり、人々が穢れに満ちていると考えていた死体、忌み嫌っている死体を一か所に集め、焼却し、供養して歩きました。そうした行動を通じてしだいに仏教(浄土教)というものが、一般庶民や社会的底辺の人々にも身近な存在となり、浄土宗や浄土真宗をはじめとする庶民仏教の先駆けとなったのです。
 しかし、仏教が教団となり、その教団内部にランクが生まれ、さらに教団が支配階級と結合し、「権威」を高めるにつれて、封建支配者の先棒を担ぎ、戒名にランクをつけて収入を得るような堕落した存在となったのです。





​​◯人間愛は差別を乗り越える―『私たちの結婚』​​

 部落差別を乗り越えて結婚をするということは、結婚をする二人と、それを支える人たちの人間愛が共鳴し合い、因習の固い壁を打ち破ることです。この観点から、これまで優れた研究者・研究団体から多くの理論・実践活動が発信され、部落問題の解決に大きな役割を果たしてきました。その中でも、ひときわ輝いている一冊の本があります。それは『私たちの結婚』(1976年・兵庫部落問題研究所)という本です。




 この本のはじめで、鳥飼慶陽氏(編集責任者)は「従来、結婚の問題を取り上げる場合、おもに差別のために悲劇的な結末に至らざるを得なかった数々の事象に焦点が当てられて来ました。しかし、本書ではむしろ、これらの差別にもかかわらずいろいろな困難を乗り越えてこられた積極的な事例に当たりながら、部落問題の解決への貴重な経験をお聞きすることに焦点をおきました」と書いています。​
 「これらの差別にもかかわらずいろいろな困難を乗り越えてこられた」という文章の中に、因習を打ち砕いた人間愛の力の存在を感じさせるのです。
 『私たちの結婚』はいま読んでも非常に感動的なものですが、出版から40数年経ち、ここに登場されている10数組のご夫婦はすでに70歳以上で、子どもたちは成人し、結婚され、お孫さんもおられるようです。こうした時間経過と今日の部落問題解決の到達点に照らしていえば、結婚差別は過去の出来事となっています。
 ​仮に差別があっても愛の力で突破しろ!それが誇りある人間だ!​
 

​※​人間は何万年も、明日生きるために今日を生きてきた。
                手塚 治 『COM』​​
 
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