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消えゆく「部落民」―心のゴースト⑦ ―コロナウイルスの恐怖から共同する社会へ-


消えゆく「部落民」―心のゴースト⑦

​―コロナウイルスの恐怖から共同する社会へ―​​​​​​


 はじめに
 新型コロナウイルスの感染の勢いが衰えてきたようです。それに合わせるように、「日本の感染者数や死者数は世界に比べて劇的に少ない」「政府の感染症対策が成功したからだ」などと、御用政治評論家や御用感染症の学者・専門家たちから提灯発言が出はじめています。​
 こうした評価はコロナウイルス知識のほとんどない私でも間違いであると断言できます。その理由は以下の通りです。
①日本列島は東西に長く、列島のど真ん中を2000m、3000m級の山脈が縦断しており、冬から春にかけて日本海側から北西の季節風が吹く、風は高い山脈を越え太平洋側に吹き降ろす。家の外に出るといつも風があるから、コロナウイルスは街中に長く滞留することができない。実際に太平洋側、日本海側に接した県では感染者数は極めて少ない。
②日本は四方を海に囲まれているので、港と空港をシャットアウトすれば、他国からの感染者は完全に入国できなくなる。
③日本人は握手や抱擁(ハグ)などの習慣がなく、日常的に他人との濃厚接触の機会が西欧人に比べて極めて少ない。
④日本人は古来より手洗いうがいの効用を認知し、日常的に行われてきた。また、マスクは毎年花粉症やインフルエンザ流行期には使用されており、着用に抵抗感がなくまたたくまに広がった。
 以上のような日本の地理的環境と生活文化、習慣・習俗を踏まえて考えると、密室状態になる飲食店・ライブハウス、感染者が通院・入院せざるをえない病院などにおいてクラスターが発生したとしてもパンデミックにはなりにくい有利な条件があったのです。
​ この上に、パンデミックが先行した中国や韓国、西欧のコロナ対策の教訓を踏まえて対策を講じていれば、日本の感染者および死者数は抑えられたはずです。​無能な安倍政権のコロナ対策が評価される根拠は全くないのです。​​
​ 「のど元過ぎれば熱さ忘れる」で、日本国民がこれ以上安倍政権を甘やかし続けると日本は本当に滅びるかもしれませんよ。​




​​​​​​​​​​​​ゴジラは地球の守護神​​​​​​

ゴジラは、日本の東宝が1954年(昭和29年)に公開した特撮怪獣映画『ゴジラ』である。当時社会問題となっていたビキニ環礁の核実験に着想を得て製作した。身長50メートルの怪獣ゴジラは「核の落とし子」「人間が生み出した恐怖の象徴」として描かれた。核兵器に対する恐怖を具象化したものであった。

ハリウッド製作のゴジラでは核兵器に対する恐怖は消えている。むしろ「必要なら核兵器を使うぞ」というアメリカらしい核兵器肯定論が込められている。
ハリウッド製ゴジラは地球の守護神となり、地球環境を破壊する侵略者を敵にしている。
申し訳ないが日本製ゴジラに比べると人間の恐怖心が投影されていないために浅はかな怪獣アクション映画になっている。​​​
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​​1、ウイルスが本当の地球の支配者かもしれない​

 最近、ハリウッドが制作したゴジラは地球の守り神として、宇宙から侵略してきたキングギドラとたたかって勝利する。地球の真の支配者はゴジラだったというお話しでした。映画は「ゴジラの怒りが人間に向かってきたら....」と不気味な予感を観客に与えて終わります。
 このゴジラ映画と新型コロナウイルス(コロナウイルス)の感染爆発を重ねてみると、欲望を進化させ過ぎて怪物のようになり果てた人間による地球環境と生態系の破壊を食い止めるために、地球の支配者であるコロナウイルスが次々と人間に攻撃をしかけてきているのではないかと考えることもできるのだ。
 実際にこれまでの流行経緯を見ると、環境の破壊が深刻化し、気候変動が世界的に大きな問題になるのに並行するように、サーズ(SARS)が2002年11月から2003年7月にかけて流行し、続いてマーズ(MERS)が2012年9月からはじまり、2015年5月に韓国で大流行し、さらに中国へと拡大し、数多くの感染者と死者を出しているのです。しかも、マーズは今もなお収束していず、2020年に入ってもサウジアラビアやアラブ首長国連邦でも発生しているのです。
 勿論、環境破壊とコロナウイルス発生の因果関係は未だ明確ではありませんから、こうした空想が生まれてくるのは怪獣やSF映画が空想特撮映画(今はCG映画)と呼ばれた時代から生きてきた人間が、長い緊急非常態宣言下で「ステイホーム」を強いられている抑圧感の中で生まれる「妄想」だと笑ってお許しいただきたい。


※悪霊の仕業とされた災厄を除く儀礼には、それぞれにふさわしい物語がつねに作り出されたはずである。おびただしい物語の多くが語りだされては、すぐに人々の記憶から消え去っていったのである。​
​​『絵物語の想像力-異界と日本人』小松和彦)​​





​​​​​​​​​​​​ダークサイド(暗黒面)に転落するな​​​​​​

『スター・ウォーズ』の悪役ダース・ベイダーは「ダークサイド」(暗黒面)に転落したジェダイの騎士という設定ですね。ダース・ベイダーは幼い時に愛する母親を殺され、その憎悪の種から暗黒面に転落し、暗黒面の統率者の配下として帝国軍の最高司令官になる。
一方には、「フォ―スの力」(理性)を信念とするジェダイの騎士団が存在し、帝国軍の統率者が支配する宇宙を理性に基づく共和国軍が取り返すためにたたかうという物語である。
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2、ウイルスは人類の「心の闇」に入りこむ
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 人類はこの10年の間に次々とコロナウイルスの攻撃を受け続けてきました。その最前線でたたかい、完全勝利とは言わないまでもコロナウイルスを壊滅に追い込みつつあるのが、電子顕微鏡、遺伝子解析、IT(人口知能)など、最先端科学技術に裏付けられた防疫・治療方法、感染の恐怖とたたかい未知のウイルスと命をかけて戦う医療従事者、ウイルス研究機関と製薬会社の共同による特効薬やワクチンの開発を進める科学者たちです。
 100年前に流行した「スペイン風邪」の時代に比べて、感染の広がり、感染者の数や死亡者数が各段に減少しているのはこの科学の力と言えるのです。しかし、コロナウイルスに対する無知は生物的な死への恐怖だけでなく、人間の「心の闇」に滑り込み様々な差別を発生させています。 
 コロナウイルスが世界に蔓延し始めた当初、イタリアのローマにあるサンタチェチ―リア国立音楽院は「すべての東洋人へのレッスン中止」を発表し物議を醸しました。アメリカでは東洋人に対して「コロナ」と罵声を浴びせ暴行する事件も発生しました。日本でも温泉地の箱根で「中国人お断り」と貼り紙を掲げる駄菓子店が登場したり、札幌市でも「中国人入店禁止」の貼り紙を掲げたラーメン店が物議を醸しました。さらに注目すべきはコロナウイルスと命がけで闘う病院関係者さえも忌避する行為が生まれていることです。
 私たちはこの高度に発展した科学を基礎とする社会においてさえ、恐怖にとらわれ差別的言動にはしる人間たちを無知蒙昧の輩として感情的に非難するだけで、無視しておいてはコロナウイルスに対する完全勝利はありません。恐怖が生みだす「心の闇」の正体を明らかにし、それを解消する道筋を明確にすることが大切なのです。
 ダークサイド(暗黒面)に転落するな!

※いつの時代でも、人間は、個人のレベルであれ、その内部と外部に制御しえない「闇=異界」を抱え込んでいた。そのために、私たちの先祖は、こうした異人や妖怪に脅かされたり、それと戦って退治・追放したり、同盟・協調関係をつくりあげるといった、様々な物語を生み出し語り伝えることになったのである。
​​(『絵物語の想像力-異界と日本人』小松和彦)​​



※「心の闇」についてさらに知りたい方は下のリンクをクリックしてください

​​◯2019年10月10日・私たちは人権社会を実現すると称して「憎悪の種」をまいてはいないか

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安倍清明・怨霊を鎮める陰陽師​​​​​​​​

原始から近世の終り頃まで、病気は神仏の怒りや怨み、恨みを残して死んだ者の祟りによるものと考え、ウイルスや細菌が存在するなどと考えていなかった。

陰陽師は占術と呪術を使い祟りを鎮めた。その陰陽師界のスーパースターが平安時代中期に活躍した安倍清明である。
平安時代における天皇・貴族は権力の争奪戦を続けていた。世は謀略と呪詛の時代であり、権力から追われたり、殺された者の怨念が祟りとなって、疫病、飢饉、天災を引き起こしていると考えられていたのだ。
陰陽師の呪術には天文学および統計学、心理学的な要素が幾分か含まれていたが、科学といえるものでなく、迷信と妄想をかき立てるものであった。
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​​3、ウイルスへの恐怖は分断に利用される ​

 14世紀にペスト(黒死病)が流行した時は、疫病の原因が「神の怒り」と信じたキリスト教会では、ユダヤ人が雑居しているからとして1万人以上のユダヤ人を虐殺したという記録が残されています。 
 1918年頃に流行した「スペイン風邪」はアメリカ合衆国の兵士の間で流行しはじめ、人類が遭遇した最初のインフルエンザの大流行(パンデミック)でした。感染者は6億人、全人類の半数もの人びとが「スペイン風邪」に感染しました。世界全体の推定死者数は1700万人から1億人(日本では45万人が死亡)といわれています。この感染地獄ともいえる状態を生み出した背景には、戦争状態下での情報統制、不衛生で密集した兵舎や塹壕、栄養不良があったといわれています。戦争状態が疫病を大流行させたのです。さらに、ウイルスの正体が分からない国々は治療薬がないため、感染者を強制的に隔離し、野戦病院のような大規模な病棟を作り収容するだけでした。
 驚くべきことはアメリカ発であるにもかかわらず、スペインが「スペイン風邪」の発生源であるとされ、長期にわたり世界から偏見を持たれ続けました。そうしたことを知ってかしらいでか、アメリカ大統領トランプ(トランプ)は、今回のコロナウイルスを「中国ウイルス」と名付け「真珠湾攻撃・9.11テロを超える攻撃」として攻撃を強めています。
 ヒトラーによるナチス政権の誕生は「スペイン風邪」によるドイツ国民分断の後遺症から生まれたという説があります。確かにヒトラーは「ユダヤ人はウイルス」だと攻撃してドイツ国民の憎悪を煽り支持を集めたといわれています。
 しかし、私たちは認識しておかねばなりません。ウイルスが社会や国民を分裂させたわけではなく、もともとあったドイツ国民のユダヤ人への偏見、アメリカ国民にある中国共産党への批判、東洋人に対する忌避意識や敵対心が基礎になっていることは言うまでもありません。
 私たちのたたかいはコロナウイルスとのたたかいだけではないようですね。コロナウイルスの恐怖を憎悪と敵意に変えるあらゆる扇動ともたたかう必要があるのです。そのためには人間の脳がどうしたメカニズムで恐怖を発生させ、恐怖が憎悪や敵意に転化していくかを生物的に理解しておく必要があります。なぜなら人間は恐怖から逃れられない習性を持っているので、絶えず憎悪や敵意を克服しなければならないという宿命を背負っているからです。

※私たちは生まれ育つ過程で、自分たちの世界を慣れ親しんでいる既知の領域とそうでない未知の領域に分割するようになる。多くの場合、慣れ親しんでいる領域は、秩序づけられた友好的な世界、つまり『われわれ』として分類できるものの住んでいる世界である。​
​(『絵物語の想像力-異界と日本人』小松和彦)
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「分断と戦争」についてはリンク先の記事も参照してください。
◯2018年09月03日・戦争の引き金―偏見と差別について考えてみよう




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​​​一条戻り橋・人を生き返らせる
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京都市の一条通を流れる堀川に架けられた橋の名称で、古くからあの世とこの世をつなぐ橋である。
この橋のたもとに安倍清明は式神(手下の鬼のこと)を隠していた。式神は様ざまな霊や生物に姿を変え闇に紛れて怨霊の正体を探りだし、清明とともに怨霊を鎮める。
生と死をつなぐ橋があることも面白いが、陰陽道には「泰山府君」(たいざんふくん)という死者を生き返らせる術があり、清明がその術を使い高僧を生き返らせたという説話もあるのだ。
この話を現代に置き換えると清明は医者、式神は看護士さんたちだ。但し、看護師さんたちは鬼ではなく菩薩である。




​4、ウイルスに恐怖する脳は憎悪を生む​
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 恐怖は脳の活動によって生み出されます。脳は恐怖という情動を有害な事態や危険な事態に対して有効に対処することが難しいような場合に生じさせます。例えば、毒蛇に遭遇した時には本能的に恐怖を感じます。その時は憎悪することはありませんが、それが鎌首を持ちあげて襲ってくる姿勢を見せた時、脳の​原始神経システム​が発動し、逃走もしくは闘争反応の引き金が引かれ、逃げるか、反撃するかを瞬時に選択します。
​​ 脳の原始神経システムは「逃げ場のない状態に陥った時」に憎悪感情が理性的感情を抑え込み攻撃に打って出るのです。その瞬間、人間は憎悪の中に「しこり」があるのをはっきり確認できますね。それが敵意なのです。​​
 トランプに扇動された憎悪・敵意は自分たちを苦しめるものを敵と決め、それを排除することでしか心の解放はないと思いこませます。これが積み重なると、中国を孤立化させるだけでなく破滅させることまで望むようになります。その結果、コロナウイルス後の世界では米中対立が激化し、第三次世界大戦が発生という悲劇的な可能性さえも生まれるのです。

※原始神経システムは対象の細かい違いをつかむのは苦手だ。ヘビは危険だとなると、どんなヘビもみな危険とみなしてしまう。(中略)それが憎悪と結びつくと恐ろしい結果を引き起こす。チェチェン紛争でのロシア兵は、戦闘員だけでなくチェチェン人すべてを敵としてみなした。そのために何万人という罪のない男女や子供が虐殺されたのである。​
​ (『人はなぜ憎むのか』ラッシュ・w・ドージアJr・河出書房>​





​​​​正義の味方・閻魔大王(えんまだいおう)
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閻魔は仏教、ヒンドゥー教などでの地獄、冥界の主。冥界の王として死者の生前の罪を裁く神だ。生前の身分・地位、財力は役に立たない。唯一の判断基準はこの世での正しい行い。人間らしい生き方である。道を誤っていれば地獄しかないのだ。
人は必ず死ぬ。死ぬこと自身が怖いのに死ぬと閻魔の前に立たされると考えると、もっと怖い。だから行いを正そうとする。
コロナウイルスを怖いと感じることは悪いことではなく、怖いと感じる自分の心を見つめ、自己自身の本質を発見する機会でもあるのだ。
それが仏教にある「自灯明・法灯明」(釈迦の教え)なのだ。​




​​5、ウイルスに恐怖する脳は異界を生む
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 恐怖が生みだす「心の闇」とは?仏教では心の闇は「無明の闇」といいます。「無明」とは、明かりがなく、暗いということです。「闇」も暗いということですから、暗い心です。心理学では「心の闇」とは人生に対する絶望であり、社会に対する怒りや怨み、異常な快楽への欲望といったものが正体といわれています。
 「心の闇」から生まれ出ずる憎悪と敵意は想像と妄想という二つの認識を生み出します。想像は自己の恐怖の対象を具象化し、現実世界に対応した空想の世界を創り上げます。ウイルスの正体も治療方法の分からない時代においては、ウイルスは異界からの侵入者であり、その姿は西洋では悪魔、東洋では鬼や妖怪として描かれ、人間はそれとたたかう神仏を生み出し、修業により神仏の力を獲得した僧侶や呪術師が活躍します。空想特撮映画もその流れの中にあります。
 妄想は想像と区分するのは難しいですが、例えば墓場に行けば死霊が存在すると信じる者は風が木の葉を揺らすだけで霊魂がいると考え、その姿を想像します。その想像物は自己の生育過程で得た情報や体験、記憶によって創造され、その内容が非現実的であるにもかかわらず、確信が異常に強固で、経験、検証、説得によって訂正することは不可能な状態を指します。
 心理学者の河合隼雄は、恐怖を「人間は自分の人生観、世界観やシステムを持ちながら生きているが、それをどこかで揺り動かすもの」と定義したうえで、「恐怖はない方がいいように見え、ずっとそういう状態が続くと安心ではあるが、死んでいるのと同じである。生きる体験の中には必ず恐怖が入ってくる」と指摘しています。 恐怖とは生と死を実感させる役割を果たし、人間に生きる意義を考えさせる感情のようです。
 恐怖は神仏や異界を生み、人間の精神世界を豊かにする動機となっており、人間の生きる証でもあるようです。

※いつの時代でも、人間は、個人のレベルであれ、その内部と外部に制御しえない「闇=異界」を抱え込んでいた。そのために、私たちの先祖は、こうした異人や妖怪に脅かされたり、それと戦って退治・追放したり、同盟・協調関係をつくりあげるといった、様々な物語を生み出し語り伝えることになったのである。
​​​(『絵物語の想像力-異界と日本人』小松和彦)​​​
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こちらの記事も参照してください。(クリックで開きます)


​​​​​利他の人・緒方 洪庵(おがた こうあん)​​​​​

洪庵は1810年(文化7年)に岡山県で下級武士の子どもとして生まれ、苦労して医師、蘭学者となり、大坂に適塾(大阪大学の前身)を開いた。
その当時、天然痘(ウイルス感染症)に罹った子どもがたくさん亡くなっているのを憂い、佐賀藩が輸入した種痘を手に入れ、切痘をはじめるとともに、多くの医師にそれを広めた人物。
門人は3000人ともいわれ、その中から大村益次郎、福澤諭吉など日本の近代医学や政治・文化に大きな影響を与えた人物が育った。
作家司馬遼太郎は洪庵を「かれは、名を求めず、利を求めなかった。あふれるほどの実力がありながら、しかも他人のために生き続けた。そういう生涯は、はるかな山河のように、実に美しく思えるのである」(『洪庵のたいまつ』)と歴史上の人物の中で最大級の評価をしている。​


​​6、ウイルスへの恐怖心は共同の力に変わる
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 人間が恐怖心を持つことは人間が生存していくうえでは重要な能力の一つですから、恐怖心を無くすことは死なない限りできませんが、恐怖心から生まれる敵意・憎悪を克服する潮流はすでに大きな流れとなっています。 
 コロナウイルスとの戦いで発揮されているのは世界中の科学者と医療従事者および関係研究団体や研究者のグローバルに展開された共同の力です。感染爆発の状況、医療機関の対応、治療方法や治療薬を情報公開し、世界の医療従事者が連帯して戦う姿は都市封鎖という非常事態にもかかわらず、世界の人々の心の絆を強くしています。
 さらに、世界中の人々が他の人に感染させないために長期にわたる「ステイホーム」という前代未聞の苦痛に耐えるという行為を続ける中で、共同の精神的核心ともいえる利他主義を育てています。
 共感(empathy)とは他者の考え方や感じ方を理解しようとすることで、それが正しいと認められなくても、最悪の敵に対しても相手の身になって考えようとすることです。そうした立場でいる限り、困難な状況に陥ったとしても理解や和解の機会は生まれます。脳科学的にいえば、脳の原始神経システム​の発動を高等神経システムにより抑圧し、理性的な働きを強めることになるのです。
 トランプの中国に対する攻撃はコロナウイルスへの恐怖とたたかう世界の共感を断ち切ろうとするもので、共感が切れれば、脳の原始神経システムが発動され、自分の生存を脅かしたり、不利益を与えると感じる他者に対する攻撃が開始されることになるのです。
 いつの時代も、どの国でも人間の本質はあまり変わらないのかもしれません。だからこそ「博愛精神は平常時や平和な時だけ」なんていうことにならないように、非常事態の際の人間性が問われているのではないでしょうか。でも、何もそんなに難しく考えることはありません。ウイルスを憎んで、人を憎まず、ということなのです。


愛については次の記事も参照してください。
◯2018年07月03日・部落差別を最終的に解決するのは人間愛


​7、ウイルスとたたかう共同の力は理性を鍛える
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 共同の本質は自利・利他主義にあります。「一人は万人のために、万人は一人のために」という言葉で表されます。脳科学的に言えば、原始神経システムを高等神経選択により制御することである。それは『スター・ウォーズ』でいえば「闇の力」を理性の力が駆逐するのと同じなのです。
 コロナウイルスは一人の感染が人類全体を危機に陥れるという性質を持っています。それは人間の体内で増殖するだけでなく、変異し、新しい感染を広げるからです。天然痘のように人類がコロナウイルスを完全に死滅させることができない限りたたかいは続いていきます。
 対抗手段として国境を完全に閉鎖し、都市をロックアウトして防ぐとしても長期化すれば経済の崩壊を招き、感染被害をこえる悲惨な社会となるだけであり、トランプのような分離主義が成功するはずはないのです。
 脳科学的にも共通の目標を達成するために他者と手を結ぶと、原始神経システムの潜在意識に作用し、敵対的意識が消えることがわかっており、コロナウイルスに勝利するためには、人間が科学の力を信じ、政府を信頼し、世界が協力し合える共同世界を育てるしかないのです。
 今、未来を担う子どもたちもコロナウイルスの感染防止のためにステイホームし、孤学、孤食、孤独を余儀なくされ、学習と遊びはネットに依存しなくてはならない状態に置かれています。まさに分断状況におかれているのです。こうした状況から言えばコロナウイルスとたたかっているのは大人たちだけではないのです。
 私たちは大人たちは遅れた学力を取り戻すことをすぐに考えますが、今こそ、子どもたちに共同の意味を教えるべき機会が訪れたと考えるべきです。学校のカリキュラムにはない、命がけでたたかう医療従事者の知恵と勇気、利他主義を貫き人類のために貢献した偉人たちの業績、自然と人間の関係などについて、大人と子どもが話し合うべき時間を持つべきなのです。
 確かに基礎学力の遅れは問題です。しかし、子どもたちが共同する力を身に着ければすぐに解決できるはずです。

※人間は助けあって生きているのである。私は人という文字を見るとき、しばしば感動する。ななめの画がたがいに支え合って、構成されているのである。
 そのことでも分かるように、人間は、社会を作って生きている。社会とは、支え合う仕組みということである。
​(『21世紀に生きる君たちへ』司馬遼太郎)​​




​​​8、ウイルスとたたかう共同の力は人権認識を鍛える​​​

 最後に、この共同という立場から部落差別にも触れておきます。「ネット差別」は現実とはかけ離れた電子世界の中で発生し、消滅しているものです。多くの場合その情報源は他者からの情報(最近では主に人権・同和教育)による認知・記憶を発生源として法的にも実態的にも存在しない「部落民」を妄想して発信しています。 
 「ネット差別」の本質には共同性はなく孤立性しかありません。発信される内容は発信者の生育環境や性格・精神、知識が発信内容を規定することになりますから、簡単に止めるためには徹底した法的規制を行うしかありません。しかし、私たちは冷静であるべきです。すでに彼らは孤立した存在であり、少数者です。ネット社会は人類にとって必要不可欠な存在となっており、ますます発展していくことは間違いありません。そうした未来を見据えると、規制を強化するよりむしろ彼らがそのような「ネット差別」を発信するにいたった経緯を明らかにし、解決策を明確にすることで、ネット社会の進歩に貢献すべきなのです。
 共同は他者との目標の一致がなければなりません。目標が一致すると「被差別者」対「差別者」という区別は必要がなくなり、それを意識する必要もなくなります。さらに、目標を達成するためには情報の共有と現実的な交流と行動が必要となります。
 人権教育の一環としてすでに実態がない部落問題を教えることは「部落民」という妄想(ゴースト)を生み出すことはすでに明らかにしてきました。人権尊重の日本社会を創るために今必要なのはコロナウイルスとたたかう人類の一員であることを自覚し、行動できる人間となることです。

※ネットには毎日数万件数十万件という単位で、「死ね」とか「殺すぞ」という攻撃的な言葉が行き交っています。(中略)もし「呪い」ということの機能が、憎む相手に悪意を放射することによって、その自尊心を傷つけ、生きる意欲を失わせ、ついに死に導くとするならば、ネットに行き交っている言葉は「呪詛」(じゅそ)と呼ぶにふさわしいと私は思います。
​(『現代霊性論』内田樹・釈徹宗)​​
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「ネット差別」については、以下の記事もご覧ください。
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