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​​​ ​​「バリバラ」「かんさい熱視線」の部落問題特集には邪な意図があった NHKのめざす空想的部落差別社会

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​​​​「バリバラ」「かんさい熱視線」の
部落問題特集には
邪な意図があった​​​

​​​​​​​NHKのめざす空想的部落差別社会​​
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​ ​はじめに​

 NHKがやってくれました。
 昨年末に「バリバラ」と「かんさい熱視線」で、国民を「空想的部落差別」(以下「空想差別」)ともいうべき異次元の世界に迷いこませる「画期的」な番組を放送してくれました。
​ 「空想差別」というのは、「幽霊の正体みたり枯れ尾花」という諺にもありますように、部落差別の実体験もないのに、メディアやSNSの「情報」に過敏に反応し、「不安を感じる」「将来心配だ」という心理的要因が高じて部落差別の実態が現実に存在するかのように「空想」し、その不安や恐怖に怯えることです。​
​ この「空想差別」が発生する原因は国や自治体による同和教育・啓発、非科学的な部落解放運動理論、偏ったメディアの情報などで形成される認知バイアス(思いこみ、偏見)にあります。​
 今回のNHK放送を分析すると、この認知バイアスを巧みに操り、
①国民を「被差別者」と「差別者」に分断する。
②国民を「差別者」に仕立て上げる。
③「部落差別」を解決不能な課題にする。
 という社会進歩を無視した新しい国民分断を進めようとする悪質な意図が見えてきます。
 「まさか天下の公共放送がそんなことするはずがない!」という声が聞こえてきそうですが、番組内容を分析し、それが事実であることを証明させていただきます。


※空想―現実ではない虚構の世界をあれこれ思いめぐらすことであるが、空想には二つの異なる側面がある。その一つはまったく非現実的で「幻想」illusionとよばれるものに近く、他の側面はより現実的で「想像」imaginationとよばれるものに近い。幻想の意味で空想が取り上げられるときには、現実に満たすことのできない願望を空想活動によって満たすものと考えられる。この意味では、空想と願望は密接な関係をもっている。
(株式式会社平凡社・世界大百科事典)​




​​​ノラ猫軍団・みんなでテレビ観賞―なんで黒人タレントで「水平社宣言」なの?

「水平社宣言」が世界でも優れた「人権宣言」のひとつであることはまちがいがない。でも人気黒人タレントのひとが紋付袴姿で読み叫ぶ姿には違和感を感じたよ。
差別はいけないのは共通しているが、人種差別と民族内差別はちがう。そんなことは我々でもわかる。NHKさん、なんでも同じにすればいいもんではないよ。すれば混乱しかないのだ。仲間の一人は混乱してお手上げしたぞ。
黒人の皆さんには1963年に行われた人種差別撤廃を求めるデモ「ワシントン大行進」(参加者が20万人)で、キング牧師が行った演説「I Have a Dream(私には夢がある)」がある。​​





​1、NHKが拡散する「部落」に対する認知バイアス​​
 認知バイアスとは偏見、固執、先入観、偏った好みなどを指します。人間は同じ特徴を持つものをひとまとめにして概念(カテゴリー)化します。この機能がなければ世界を認識し、記憶し、言葉にすることはできません。人間はその概念を一般化し、固定化し、代表例(プロトタイプ・Prototype)を創ります。部落差別でいえば「部落はこわい」「『部落民』は結婚差別や就職差別を受ける」「『部落民』は同和対策を受けている」などが典型的な代表例です。 
​​ 当然ながら「部落民」などという民族は日本には存在しません。また、今日ではほとんど結婚、就職差別も発生していません。しかし、メディアはその事実については報道しません。反対に、誰が書いているかわからない「ネット差別」、稀に発生する差別事象を大々的に報道します。その方が世間の話題になり、新聞や雑誌が売れ、テレビの視聴率が上がるからです。さらに、そうした報道が繰り返し行われると、リハーサル効果により、国民の記憶の中に「部落差別」の定着が進み、実態からかけ離れた「部落」に対する認知バイアスが強化されることになるのです。​​
​ 今回の放送の中で結婚差別を乗り越え、あるいは差別を受けることなく祝福を受けて結婚した人たちは登場していましたか?今日では圧倒的に多数派なのですよ。​
​ こうした視点でNHKの前記の二つの番組を検証すると、「部落差別」を解消するために製作されたものではなく、国民の「部落」に対する​認知バイアス​を再生・強化することが目的であったことがわかります。​
 ではこの認知バイアス再生・強化の手法を「バリバラ」で検証したいと思います。

​●​「バリバラ」の手法①―「部落差別」の基本的性格を無視させる​​​

​​​​ 「バリバラ」は部落問題の特集番組の第1弾として、「BLACK IN BURAKU~アフリカンアメリカン、被差別部落をゆく」を前編(2020年2月6日)と後編(2020年2月13日)​に分けて放送し、第2弾として、「ブラクとの出会い方」前編(2020年12月10日)、「人の世に熱あれ」後編(2020年12月17日)が放送されました。念のために、いずれの番組も録画して数回にわたり見せていただきました。​​​​
 第1弾のテーマは「部落問題はタブー?アフリカ系アメリカ人の視点を借りて捉えなおす」というものでした。番組は今流行りのグローバルな視点で部落問題を考えるという斬新な企画。と思わせる構成でしたが、実際には黒人問題にほとんど触れることなく、やたらに「部落」という言葉を連発し、今日でも「部落差別」が日本社会に根深く存在しているかのような印象を視聴者に強く与えました。
 第2弾も人気黒人リポーターを登場させ、「部落」を「隠さず」にまちづくりをする大阪市民を登場させ、「部落差別」を解決することの大切さを訴えました。さらに、徳島の人形芸能と結婚差別を結び付けて、「部落差別」の悲劇性と「部落差別」の根深さを強調しました。
 ​黒人の皆さんに「部落差別」をリポートさせたのは何故か?​
 私たちはトランプ政権誕生以後表面化した、アメリカの黒人に対する暴力や構造的な人種差別をメディアを通じて知っています。特にブラック・ライヴズ・マター(Black Lives Matter)運動で報道された白人警官による無抵抗な黒人への暴力や殺害、人種による犯罪者に対する不平等な取り扱いについては、人権の先進国アメリカに対するイメージを変えました。
 私たちは黒人リポーターが取材し、報告する姿を見ると、心の中で黒人差別と「部落差別」を必然的に重ね合わせることになり、「部落差別」も黒人差別も同質であるという認識を持たされることになるのです。その結果、基本的性格も歴史的成立過程も違う差別問題が普遍化され、人間の本性に関わる解決不能な課題かのように誤解させてしまうのです。

​​※詳しくは本ブログ「2017年11月―橋下徹氏の有田芳生に対する批判から考える部落問題の理解度」をお読みください。​​​

​​●​「バリバラ」の手法②―定義のない「部落差別」​​

 私は「バリバラ」をよく見ています。それは障害者がありのままの姿で出演し、本音で語る番組なので、障害者問題に疎い私にとって新鮮で示唆をあたえてくれる番組です。だから司会者が少々うるさいのは慣れていましたが、今回については司会者とナレーションが、まるでバナナのたたき売りのように、「部落!部落!」を連呼し、「部落差別」の存在を強調しつづける進行にはいささか閉口させられました。
​ なぜ、これほど感情的になるのか? ​
​ それは「部落」とは何か?「部落差別」とは何か?という定義(本質)を説明することなく、番組が製作されているために、感情論が中心にならざるを得ないからです。司会者は科学的な解決方向が明確にされていないために、視聴者の感情に訴えるしかないために感情的にならざるをえないのです。こうした強い感情に触れると、視聴者は大阪府においては依然として集団的に差別を受け続けている「部落」があると感性的に受けとめ、同和教育(解放教育)・啓発を受けた時の記憶と同化させ、「『部落差別』は根強い」と認知バイアスを強化させます。その結果、同情する心理だけが強くなればいいが、反対に忌避の心理を強くする場合もあるのです。​
​ 一方で、「被差別者」からいえば、差別を続ける、あるいは差別を許している大阪府民が根強く存在するという認知バイアスを持つことになり、「部落」と市民の分断は深刻さを増すことになります。 ​
 NHKは「部落差別」とは何か?について本当に理解せずに番組を制作していたとしたら、受信料を収めている日本国民の悲劇ですね。もし、意識的に無視しているとすれば、​何か邪な意図を持って制作されたことになります。​
 
​​​​​​​​※詳しくは本ブログ「2018年1月29日・消えゆく『部落民』―心のゴースト③​​​​​心になぜ差別・偏見というゴーストが生み出されるかを探究する​​​」をお読みください。​​​​​​​​







​●「バリバラ」の手法③―「被差別者」が「差別と感じれば」差別になる​

 番組が紹介した「部落差別」の実態といえば、「部落」に住んでいる案内者が語ったのは同和対策で住環境整備事業が行われる前の話しばかりでしたね。最近の差別については、「付近の人は駅のガードのどちらかに住むかによって妙に接し方を変えることがある」と話していることだけでした。そうNHKは、差別が現実に生起しているというエビデンス(evidence・証拠・根拠、証言)がなくても「被差別者」が「差別を感じる」ことも「差別」に含めているのです。
 「感じる」とは、感覚器官の刺激を通して情報を得て、痛み、屈辱などの感情を抱くことですから、「部落差別」は実態がなくても感情で創られることになるのです。「被差別者」の感情を大切にすることは大切ですが、「感じる」を差別にしてしまえば差別は差別の実態を立証することなく、個人の「感じ方」によって決まり、「被差別者」が「差別だ」といえば「差別」になってしまうのです。
​​ 思い出してください。かつての「確認・糾弾」が横行していた時代を。当時の「解放同盟」の幹部たちは「部落民」の差別に対する不安と怒りを「部落民以外は差別者」という分断の理論(敵意と憎悪感情)に転化させ、激情的な行動に駆り立て、教育史上未曾有の八鹿高校事件まで引き起こしたことを。​​
 驚くべきことにNHKは「被差別者」が「差別と感じる」ことを差別であるという認識を改めて正当化し、拡散したのです。その目的は何か?深く考えてみる必要があります。

​●「バリバラ」の手法④―「被差別者」は悲劇的な存在でなければならない​​

 第2弾の放送では徳島県の「部落」の人たちが担ってきたという木偶人形による門づけ芸、三番叟・箱回しという「阿波木偶まわし」の伝統芸を復活させてきた人たちを登場させ、その芸と芸人に対する、かつての差別の歴史をクローズアップし、伝統芸の、優れた芸が「部落」の人たちに育てられ守られてきたこと、一旦は中断したが復活させたという素晴らしい物語がメインとなっていました。
 しかし、この伝統芸の物語に人形芸に関係する部落の女性と一般の男性が結婚に反対されて、自殺した事件を重ねられ、家に木偶人形があれば差別されるから「川に人形を流した」という悲劇的な出来事が加えられ、「部落差別」の非人道性と文化まで奪うことの理不尽さを強調したのです。
​ 番組ではこの直後に、「部落をルーツにもつ若い女性」に「いつどのタイミングで、子どもに『部落出身者』であることを伝えるか悩んでいる。(差別に)耐性のないときに差別を」と悩みを語る姿を写します。「部落」の置かれている悲劇性が強く印象づけられます。​
 門づけ芸、三番叟・箱回しなどの芸の中断は、戦後の高度経済成長の中で衰退したのが真相。さらに、「木偶人形があれば部落」と思われるからというのは誠に不思議な理由です。当時は同和対策の最盛期、同和対策が行われているかどうかで「部落」であるかどうかは簡単にわかるはず。さらに、番組で紹介された自殺は1972年に起こったことで、もう48年も前のことです。その時代の「部落差別」をめぐる状況と長期にわたり同和対策を実施し、同和教育や啓発を続けてきた今の時代の状況が同じではないことは明白です。もし同じであったとしたら同和対策や同和教育、はたまた部落解放運動は何の役にも立っていないことになります。
 勿論、結婚差別による自殺は理不尽で憤怒に絶えない出来事であることはいうまでもありませんが、番組の構成は明らかに過去の悲劇を強烈に印象づけした後に、今の「部落民」に悲しい心情を発露させることで、現在もなお「部落」の情況は悲劇的である。もしくは悲劇的になるかもしれないという​恐怖感を煽っているのです。​

​​​​​​※詳しくは本ブログ「2019年10月10日・私たちは人権社会を実現すると称して『憎悪の種』をまいてはいないか―京都アニメーションの事件現場を訪ねて」を参照されたい。​
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​​2、NHK「かんさい熱視線―部落差別はいま~たつの市の実態調査から」​​

 「バリバラ」では「部落差別」についての定義なしに、「部落差別」の実態はなくても、「被差別者」が差別であると「感じたら」差別になるという「空想から差別へ」ともいうべき主張が強調されました。 
 そして、「かんさい熱視線―部落差別はいま~たつの市の実態調査から」(「かんさい熱視線」2020・12月4日)においては、「『実態調査』は科学的なもの」という国民の認知バイアスを利用し、たつの市の「実態調査」の結果に基づき「部落差別」を立証し、「部落差別解消推進法」に基づく人権条例の制定、実態調査の必要性を全国に向けて発信しました。
 ​ここにNHKの邪な意図があったようです。​

​①「部落差別」に関する「実態調査」や「市民意識調査」には何の価値もない​​

 率直に言えば「部落」に関する「対象地区住民生活実態調査」(「生活実態調査」)も「市民意識調査」についても何の価値もないと考えています。
 価値がないというのは以下の理由からです。

◯「部落差別」に関する調査の目的は格差を明確にするものです。その調査結果を基に行われた同和対策は、すでに国および多くの自治体で終結しており、いまさら「部落」と「一般」を区別して格差を明らかにする「対象地区住民生活実態調査」などは日本国憲法に規定される基本的人権を侵害するものであり、犯罪的ともいえる行為です。 
 また、ご大層に調査などしなくても「部落」に残されている課題は主に貧困問題であり、それらは国民共通の課題です。貧困は「部落差別」の要因であっても本質ではなく、貧困は資本主義のあくなき利潤追求に根源があり、「部落」「一般」を区分けした同和対策で解決できると考えるのは経済学や社会学の基本的知識のない同和依存者の妄想にすぎません。

​※詳しくは本ブログ「2020年11月30日・消えゆく『部落民』―心のゴースト⑨​​​​​​​​​貧困と部落差別の深い関係​―国民もだまされた『同対審答申』の魔術」を参照ください。​​​​​​​​​​


◯当然のことながら、国や自治体は「部落差別はなくなりましたが、あなたは差別はあると思いますか?」などという意識調査はやりません。「なくなりました」であれば調査は必要ないからです。意識調査をやるということは、国や自治体が「差別はある」と考えているからです。

 たつの市の調査は部落差別解消推進法の根拠となった「ネット差別」などを事例に、「部落差別がある」ことを前提に行われていますから、調査協力者は「ある」という認知バイアスを強制されることになります。特に同和教育や人権教育・啓発を受けた経験のある人たちは、協力依頼文と記入表を見て、記憶を刺激され「部落差別はある」と心理誘導されることになりますから、「ある」という回答は必然的に増えることになります。
 ​これは「オレオレ詐欺」の心理誘導の原理と同じなのです。​
 
※詳しくは本ブログ「2019年04月16日・部落に関する意識調査の原理は『オレオレ詐欺』に似ている」を参照してください。​

​②いいかげんなたつの市の「生活実態調査」​

 たつの市の「生活実態調査」の報告書内容については、前記の理由で調査はやらなくてもいいと考えているので読んでいません。また、わざわざ報告内容を読み解いて反論するつもありません。なぜなら、前提の間違った調査から真理は発見できないからです。
 しかし、この二つの番組の目的が人権条例を全国に広げ、実態調査や意識調査を行わせ同和対策の継続、あるいは復活をすすめようとする意図があまりにも露骨すぎることと、たつの市の調査があまりにもいい加減すぎるので、番組で報道されていた内容に基づきコメントさせていただくことにしました。

◯いい加減のひとつ目は、調査が7000人にアンケート用紙を配り、その3割しか回答を得てないことです。7割の市民は協力しなかったのです。こうした市民の圧倒的多数は「めんどくさい」「あほらしい」「いまさら」と考えているのでしょう。さらに、こうした市民意識の中には「いつまでやるんだ」という反発も当然ながら存在しているものと考えられます。
この結果から言えることは、たつの市の市民は長年にわたる「同和、同和」に飽き飽きしているために、たつの市の心理誘導が効かなくなっていることです。

◯いい加減のふたつ目は、設問の「部落問題が残っていると感じたことがあるか」です。「バリバラ」でも「感じる」という主観が差別となってしまっていますが、ここでもそうなっているのです。それに対して、3割の回答者のうち地区内58.4%、地区外49.3%が「ある」と答えているです。その結果に対してたつの市長は「部落差別はなかなかきびしい」と語っているのです。「感じる」が「差別」に魔法のようにすりかえられているのです。
 その他の回答では、「結婚について周囲の反対がある」「同和地区への居住の敬遠がある」などという回答が紹介されていましたが、その情報源は自らの体験ではなく伝聞によるもので、同和教育や同和啓発から得た情報がおもなもののようです。
 そこで、私たちは直接たつの市の人権推進課に、人権相談の実績について問い合わせをしました。担当者は「過去3年間で30件ほど、うち同和関連は3件、内容は同和地区かどうかの問い合わせ」ということでした。「同和地区」を問い合わせることがいいとは思いませんが、その背景には旧態依然とした同和教育・啓発の継続、人権条例の制定や実態調査が「部落」に対する関心を呼び起こしているということがあるかもしれません。いずれにしてもかつてのような結婚、就職差別事件などは発生していないということでした。

​​③「感じる」を「差別」にすり替えるNHKの目的​​

 インタビューに登場した皮革工場の一人は自身は結婚差別を受けていないが「周囲の友人が結婚差別を受ける姿を見てきた」と語り、匿名の3人の子どもをもつ母親は将来「子どもたちが何か言われないか」と不安を語りました。恐らくNHKは差別の実態を聞きだそうとしていたのでしょうが、差別は伝聞によるものばかり、子どもの将来への不安だけでした。それでも番組に登場したNHKの記者は「部落差別は潜在的に根強く残っていると感じた」と強弁したのです。
 「バリバラ」もたつの市での「部落差別」も「感じ」なのです。そうした脆弱な論拠を意識してか、「部落差別」の事例として、「誰がどこから発信しているかわからない」新型コロナウイルスの感染を「部落差別」に結びつける悪質なインターネットの書き込みを事例にあげたのです。
 誠にいいにくことですが敢えて言わせていただければ、そんな書き込みは医療従事者や感染者に対する膨大な誹謗中傷に比べれば大したものではありません。しかも、この書き込みの内容があまりにも時宜に適っているには驚かされました。同時に、かつての「差別落書き」が横行した時代に、部落解放関係者の「自作・自演」が多くあったことを思い出さざるえませんでした。
 以上のようにテレビで紹介された調査報告は実態的な差別を立証したものではなく、最初から「同和地区」と「一般地区」を区分けし、「被差別者」が「感じれば差別」という極めて「空想的差別」なのです。人権条例、実態調査、同和対策の必要性を強調するための虚構番組なのです。

​​​​※詳しくは本ブログ「2017年10月18日・消えゆく『部落民』―心のゴースト① 「『橋下徹は部落の鬼っ子』部落解放同盟委員長に聞く―から検討する​」を参照してください。​​​

​​※詳しくは本ブログ「2020年09月30日・あなたは差別意識がなぜ生まれるか知っていますか? 人権教育・啓発が新しい差別社会をつくる」を参照してください。​​​






​3、NHKの二つの番組は「解放同盟」の理論と方針を拡散した​​

 
​ 最後にこのNHKの二つの番組が何故このような邪なものになったか解説したいと思います。​

​​◯邪な意図①―「部落」「部落民」を永久に固定化する​​

 「部落解放同盟」は「部落差別」が解消された状況を、「部落民」であっても差別されない社会であるという見解を持っています。「部落民」は固定化され、永遠に存在し続けるのです。「バリバラ」も「かんさい熱視線」も「部落」「部落民」という言葉を何のこだわりもなく使用していました。「部落解放同盟」と同じ認識に基づいて番組が制作されているからです。
 当然ながらこうした番組の趣旨を無批判に受け入れると、「部落」「部落民」は永遠に存在し続けることなりますから、「部落」「部落民」と「一般国民」の分断も永久に続くことになります。「部落差別」に不安な母親は子どもに「いつ部落出身」を伝えるか悩み続けることになるのです。
 賢明な皆さんはもうお分かりですね。「部落民」が成立する前提は「部落差別」です。「部落差別」がなくなれば「部落民」も存在しませんから、「部落民」として解放されることは絶対にありません。新型コロナウイルスが消滅すれば、患者がいなくなり、誹謗・中傷がなくなるのと同じなのです。
 「部落差別」の解消過程は「部落民」の消滅過程に比例するのです。そう両方ともほぼ同時に消滅するのです。これは簡単な事実です。
 
​○邪な意図②―「部落民」を異民族と誤解させる​​

​ マスメディアは第4の権力といわれていますね。その代表格であるNHKが放送の中で「部落」「部落民」を連呼させ、番組出演者の皆さんを「部落をルーツに持つ人たち」とまで紹介していました。まさに「部落差別」が民族差別であるかのような誤解を与える演出です。さらに、「バリバラ」では黒人タレントに「水平社宣言」を声高に読ませ、宣言の国際的価値を強調するように見せかけながら、「部落差別」が民族差別と同質であるかのような印象づけを行っていました。​
 「部落差別」は日本民族の内部の差別問題です。現代における部落差別は封建社会の身分イデオロギーの残滓から派生しているもので、人民の民主主義運動の発展と日本国憲法に基づく基本的人権を基調とする民主社会が成熟し、封建的な社会関係・身分イデオロギーが解消する中で、実態的にも観念的にも消滅していくものなのです。
 こうした科学的認識を半ば無視し、​日本民族内に「部落民」という「異民族」があたかも存在するかのように演出することは、国民の財産である電波を格安に利用し、視聴者から受信料を半ば強制的に徴収する公共放送であるNHKのやるべきことではないはず。​

​〇邪な意図③―人権条例と実態調査を全国に広げる​​

 「まさか天下の公共放送がそんなことするはずがない!」という疑問は解けましたか。
 そうなんです。NHKは「部落差別」の定義も、その解決の到達点も無視して、「解放同盟」の走狗となってしまっているのです。
 番組は部落差別解消推進法(附帯決議も含む)の趣旨を捻じ曲げ、人権条例を制定させ、実態調査を行わせ、同和対策を復活させるための基本計画の策定を後押しすることでした。実際に番組でも、たつの市が今回の調査をもとに「計画案」を策定するために審議会を開催し、検討することが紹介されていました。
 番組ではわざわざ担当記者が人権条例を制定した全国の自治体が89(2020年7月)あると紹介し、「実際には調査や対策に乗り出している自治体は限られている」と、人権条例や実態調査を実施しないことが問題かのように指摘し、「たつの市の取組みが注目されている」と強調するのです。
 結局、「バリバラ」と「かんさい熱視線」は不偏不党であるべき公共放送の使命を投げ捨てて、「解放同盟」の誤った理論を大々的に宣伝し、人権条例、実態調査、同和対策の維持および復活を進めるためのキャンペーンであったのです。

​​​​​​※詳しくは「2020年03月17日・ことわざで考える-部落差別の解消の推進に関する法律 「人権条例」は自治体の発行する「同和補助金の誓約書」」を参照してください。​​







 ​さいごに​​
 
 「本当の敵は味方のふりをして現れる」という諺があります。「部落差別」はいけないと、「被差別者」に寄り添うふりをして、「部落差別」の拡大に手を貸しているのがNHKなのです。
 悪いですね。
 悪いのはNHKに限ったことではありません。マスメディアにも認知バイアスが存在しています。「八鹿高校事件」が報道されなかったのはそのためです。一方で、マスメディアは国民の認知バイアスを利用して「洗脳」する能力があることをわすれてはいけません。戦前、天皇は「現人神」であり、そのもとで行われた戦争は「聖戦」であったのです。その「洗脳」の先頭で旗を振ったのはマスメディアだったのです。
 念のために、私たちはNHKの番組すべてが悪いとはおもっていません。NHKの受信料は滞納せずに払っていますし、払うことで放送の公共性と独立性を守るのが正しいと考えています。また、部落解放運動からいえば、「解放同盟」の御用新聞ともいえる『朝日新聞』も定期購読しています。
 今回のこの二つの部落問題特集は、権威の発する情報を疑い、勇気を持って自分の認識までを疑い、是正すべき時期に来ていることを強く感じさせる内容でした。​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​
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