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「サピエンス全史」から考える日本人の「穢れ」という認識

​​「サピエンス全史」から考える日本人の「穢れ」という認識 ​




 新年になりましたからおめでたい話からはじめます。
 神社に行くと参拝する前に、参道の脇にある手水舎(てみずや)という場所で、身を清めますね。手水舎には、水がためてあり、柄杓(ひしゃく)が用意されていますね。そこでの具体的な作法は、こうです。
1、右手で柄杓を取って、水を汲み、それをかけて左手を清めます。 
2、次に、左手に柄杓を持ちかえて、右手を清めます。 
3、再びひしゃくを右手に持ちかえて、左の手のひらに水を受け、その水を口にいれてすすぎます。 
4、すすぎ終わったら、水をもう一度左手にかけて清めます。 
5、使った柄杓を立てて、柄の部分に水を伝わらせるようにして清め、柄杓を元の位置に戻します。 
 この時、直接柄杓に口をつけてはいけません。多くの人が使うものですから当然です。
 この一連の行為を見て、鋭い感性を持つ皆さんはお気づきだと思います。そうです。最近うるさいインフルエンザ予防のための手洗いとうがいの励行ですね。但し、インフルエンザ・ウイルスには効果はないそうです。


サピエンスはウイルスを悪霊と考えた​​​

 約20万年前にアフリカで誕生したサピエンスは、生命を繋ぐために世界中に広がっていきました。その間には様々なウイルスや細菌、病原性微生物に感染して命を落とす人たちがたくさんいたことは間違いありませんね。
 しかし、サピエンスにはその原因がほとんどわからなかった。おそらく自然界に存在する「悪霊・死霊」の仕業であると考えていたのではないかと考えられます。

​​​◯古代の狩猟採集民は、感染症の被害も少なかった。天然痘や麻疹(はしか)、結核など、農耕社会や工業社会を苦しめてきた​感染症のほとんどは家畜に由来し、農業革命以後になって初めて人類も感染し始めた。
​​(『サピエンス全史上』著・ユヴァル・ノア・ハラリ)​​


◯ウイルスは生物と非生物の性質を持ち、インフルエンザや風疹やヘルペスなど多くの病気を引き起こす。細菌はバクテリアともよばれ、細胞分裂で増殖する単細胞生物。ピロリ菌や結核菌など多彩な顔ぶれだ。さらに、マラリアやアメーバ赤痢をおこす原虫。このほかにも、水虫の原因になる真菌、肺炎やツツガムシ病を引き起こすリケッチアなどの病原性微生物が知られる。
​ こうした微生物の中には、狩猟時代には野生生物から、定住農耕社会に入ってから家畜から人に宿主を広げたものが多い。
​​(『感染症の世界史』著・石弘之)
​​​​

 原因のわからない病気は家畜や野生動物から伝染しているようです。現在でも宗派によっては宗教上食していけない家畜がありますが、この事実が根底にあるからだそうです。

 
​​サピエンスにも「健康マニア」がいた​​

 サピエンスの中には賢い人がいました。今で言えば「健康マニア」です。狩猟・採取から帰ってきたら手洗いと口内すすぎ(うがい)をすれば風邪をひかない、熱を出さないことを経験的に学習し、それを広めました。また、森や木、土、獣の体や血には人間の生存を脅かす汚れが存在し、水は清純なもので汚れをおとすものと考えたのです。それが禊(みそぎ)のはじまりのようです。​
​ しかし同時に、サピエンスは水では流せない「目に見えない疫病や病気が存在する」ことにも気づきます。当然ながら原因を考えます。電子顕微鏡はありませんから、そこで生まれるのが「アニミズム」(「魂」「霊」崇拝)という虚構です。自然界にあるすべての物や生き物には霊があり、それが怒ると祟りや禍をもたらすことがあると考えたようです。当然ながら、死者の霊も存在していると考えていました。
 そこから祈りがはじまります。祈りは信仰や儀式を生み出していきます。​




「穢れ」は人間の虚構がつくりだした​​
 
 「穢れ」という認識は物理的な汚れと、畏怖から脳がつくりだす虚構とが同化することにより誕生したようです。手を洗い、口の中をすすぐことで、人間は実際の汚れだけでなく、とりついた「穢れ」まで払うという極めて抽象的かつ包括的な認識を創りだし、それを祓うための便利な祈りの言葉と儀式を創りだしたのです。
 誤解を恐れずに言えば、狩猟・採取時代から農耕社会誕生の初期段階においては、「穢れ」という認識は人間が生存し、人間社会を形成していくうえで必要なもので、今日のように人間を侮辱するために使う認識ではなかったのです。 
 しかし、この認識も農耕社会が発展するとともに変化していきます。日本においては神道と仏教思想が合流して支配体制を固定化するための思想として支配基盤の中に取り入れられることにより、複雑に変質していきました。しかし、「穢れ」の根源が死への恐れにあることにかわりはありません。
 ​ここからは汚れという表現は「穢れ」に統一させていただきます。​

​歴史に登場するのは、紀元前1万年から前8千年のころ、農業の開始と同じ時期に人の間で流行がはじまり、農業の普及とともに勢力を増していった。約4千8百年から5千5百年前のエジプトの複数のミイラからマラリアの原虫のDNAがみつかり、当時のマラリアの流行がみられる。​ 
​​(『感染症の世界史』著・石弘之)​​

農耕のストレスは、広範な影響を及ぼした。そのストレスが、大規模な政治体制や社会体制の土台だった。悲しいかな、勤勉な農耕民は、現在の懸命な労働を通してなんとしても手に入れようと願っていた本来の経済的安心を達成できることは、まずなかった。到る所で支配者やエリートが台頭し、農耕民の余剰食糧によって暮らし、農耕民は生きていくのが精一杯の状態におかれた。
​(『サピエンス全史上』著・ユヴァル・ノア・ハラリ)​​​


「死」の原因は遺伝子の段階まで解明されている​​

 狩猟・採取社会に比べると農耕社会がサピエンスにとってストレス社会であったことは間違いないようですね。農業は定住が基本となりますから、人間社会は濃密になります。その結果、感染症は、人と人の接触、排泄物や飲み水によって流行します。特に、稲作は河川や沼地にため池などの付近で行われるため、様々な様々なウイルスや細菌、病原性微生物に感染することになります。 
 さらに、​家畜からも様々な伝染病が人間に移されています。牛からは麻疹、天然痘、結核、ジフテリア、炭疽症、最近話題になった牛海綿状脳症(BSE)などです。当然ながら、豚、鳥類などからも感染しているのです。​
 現代では病気の原因は近代科学と医学によって遺伝子段階まで突き止められ、一部の病気以外は治療法や薬剤まで開発されています。病気は「悪霊」や「怨霊」の仕業でないこと、治療するのは神や仏でなく人間であることは誰でも知っていることです。つまり脳が創りだした「穢れ」という虚構を支える客観的根拠は消えてしまっているのです。
​伝統的には死は聖職者や神学者の得意分野だったが、今や技術者が彼らにとってかわりつつある。私たちは、がん細胞を科学療法やナノロボットで殺すことが出来る。抗生物質で肺の病原菌を根絶できる。心臓が血液を押し出さなくなったら、薬や電気ショックで動きを回復させられるし、それでも効き目がなければ新しい心臓を移植することができる。​
​​​(『ホモ・デウス上』著・ユヴァル・ノア・ハラリ)​​






百田尚樹さんには書けない『古事記』の話​​

 『古事記』(712年完成)は律令制の完成とともに編纂されました。内容は、前半はほぼ「天皇家は神様の子孫である」とする神話です。でも、この神話は明らかに民間に伝承されてきた神話の集大成とは違い、当時の権力者藤原一族がプロデュースしたものですから、明確には神話とはいえません。最近、百田尚樹という流行作家が『日本国紀』という本を出して話題になっています。『古事記』を歴史書として礼賛していますが、内容には一切ふれていません。『古事記』の内容に触れずに『日本国紀』とはよく言えるもんだと感心しました。
 『古事記』には天皇家が神から続く日本の正統な支配者であることを記述しながらも、当時の日本人の認識を反映した部分があります。日本の国土を創造したイザナギ(男神)とイザナミ(女神)のお話しの中で、​イザナギはイザナミが死んで「黄泉の国」(よみのくに・あの世)に、恋しくて会いに行ったらイザナミは腐乱してウジがわいていた、あわてて現生に戻ってきて死の「穢れ」を川の水で清めるというお話しです。​
 この物語は道教という中国の土俗信仰の影響を受けているといわれています。簡単に言えば、人間は死後は霊魂となり、悪鬼となり、供養しなければ現世に祟りをもたらすというものです。
 このお話しの凄味は、死後の世界がリアルに描かれ、女神でさえ死ねば腐乱し、体から雷を発する鬼女となってイザナギを手下の悪霊どもに追いかけさせるという場面が書かれていることです。
 こうした内容から見ると、この時代には「死穢」という認識はあっても家や血筋を指して「穢れている。穢れていない」と区分するという認識は生まれていなかったようです。


日本人は禊(みそぎ)をすれば「穢れ」は消えると考えていた​​

​ 『古事記』には、日本人のもつ「穢れ」という認識の根源がよくあらわれていますね。物理的な汚れと精神に汚れが付着した状態を一体のものと認識していることです。ゆえに「穢れ」はイザナギのように禊(みそぎ)をすれば、洗い流せば消えてしまうというものなのです。​
 禊は、罪や穢れを落とし自らを清らかにすることを目的とした、神道における水浴行為であり、不浄(「穢れ」)を取り除く行為である祓(はらえ)の一種なのです。
 例えば、私たちはよく「悪い人」のことを「汚い奴」といいますね。さらに、「悪い人」のことを「心の穢れた奴」ともいいます。「悪いこと」と「汚いこと」を同議語として使用し、その根源に「穢れ」があるという認識を持っています。汚職した政治家の場合、逮捕されて有罪を受けて刑期を終えると「禊が終わった」といいます。その時点で「穢れ」は消滅するのです。誠におおらかな信仰なのです。





「部落」の人たちを侮蔑した「穢れ」は本流からはずれていた

 かつて「部落」の人たちを「穢多」という言葉を使って差別した時代がありましたね。これまで説明させていただいたように、日本人のもつ本来の「穢れ」の認識とは違っていますね。「穢れ」が家(職業)・血筋と結びつけられており、明らかに差別思想に変質しています。これは支配階級が農民と賤民に対する苛酷な収奪を正当化し、支配関係を安定化させるために創造した身分制という虚構から生まれたものです。
​​​​ 封建社会はいわば少数の支配者が圧倒的多数を占める農民を抑圧・収奪する社会ですから、農民には相当強いストレスが蔓延していたはずですね。そうした中で、支配者から弊牛馬処理の特権を与えられて、牛馬などの死体(古代では家畜は伝染病の発信源)を加工して、皮革や(にかわ=接着剤)を生産する特殊技能集団を「死穢」を口実にして排除したくなりますね。
 膠は動物の骨、皮、腱(けん) などから抽出したゼラチンを主成分とする物質であり、仏像、建築物、工芸品を作るのに欠かせないものでした。​特に、墨は煤(すす)などを膠で固めてつくるので、膠がなければ墨はつくれなかったのです。日本文化だけでなく、東洋文化の物質的な基礎だったのです。​​​​​
​ 歴史的に見ても「皮多」から「穢多」という強い侮蔑の意味を込めた呼称に一般化していくのが、中世末期から近世にかけてであり、兵農分離、農民支配の強化、檀家制度などが確立し、苛酷な収奪体制と信仰支配が確立していく時代に重なります。 ​
​​ 農民が支配階級の苛酷な収奪に対するストレスを発散するために、「皮多」に対して「穢多」という侮辱語を使い、差別・排除しようとするのは悲しいことながら自然といえます。まるで現代のいじめのようです。その認識の核となっているのは「せっかく大切に育てた可愛い牛馬を死んだらタダでとられてしまった」という悲憤を基にした積年の憎悪・怨念のようです。​​
 中世末期から近世に成立した「穢れ」という認識に、信仰としての「死穢」に農民の憎悪が込められ、習慣・習俗として定着したため根強い差別となったようです。何の罪もない「皮多」の人たちはまことにお気の毒としかいいようがありません。


「部落」の人を「穢れている」と差別する人こそ心が「穢れ」ている​​

 現代においては、古代に生まれた「穢れ」という認識は近代科学と医学によって根拠は雲散霧消しています。かすかに残されている問題は憎悪を基調とする「穢れ」という認識から発生する部落差別です。 ​
​ 一般的に日本人が認識している信仰としての「穢れ」の認識からは相当かけ離れた特殊なものですから、「闇の心」というべきもので誠に性根のわるいものです。だから多くの場合は「陰口」で「部落」の人たちを攻撃するのです。 ​
​​ ゆえに「部落」の人が禊をすれば「穢れ」が消えるというものではなく、「部落」の人たちを「穢れ」ていると考える「心の穢れた人たち」​が禊をしなければ消えないものなのです。​​​
 時代は「ホモ・サピエンス」の時代から「ホモ・グレート」の時代へ進化し、ITとAIを駆使できる人間、ITとAIに同化し、グレート・アップした人間が富と権力を得、さらに長い寿命を獲得できる時代が到来しているといわれています。
 そんな時代に、封建社会において、収奪と抑圧をうけた農民が増幅した特殊な「穢れ」という認識の残りカスがこのまま生き残ることはあり得ないことは明白です。



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