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​​​​​​​グローバル時代到来―「部落差別」は日本人の恥です ―著名な寺園敦史さんからお便りをいただきました―

​​​​​​​グローバル時代到来―「部落差別」は日本人の恥です
―著名な寺園敦史さんからお便りをいただきました―


地域人権連からの卒業​​
 昨年、安心・しあわせネットワーク神戸人権交流協議会(神戸人権交流協議会)は全国地域人権運動総連合(地域人権連)から規約に基づき円満に卒業させていただきました。
​​ 卒業の理由は、神戸市における同和対策が終結して22年が経過したため、「同和対策」の受給資格(「部落・部落民」)を意識したり、自覚する必要がなくなり、「部落・部落民」という共同意識が衰退し、「部落解放運動」の基盤が失われたことです。​​
 全国的に見ると部落差別の実態が基本的に解消しているのにもかかわらず、一部の自治体では依然として、「解放同盟」との癒着による同和対策、人権教育と称した同和教育を継続していますが、それは同和対策と同和教育がなくなれば、​住民の「部落民」としての自覚が維持できないためです。​
 「解放同盟」による「部落差別解消推進法」に基づく地方自治体での「条例」制定運動の本質は「解放同盟」の地位保全と組織維持のための運動なのです。
 ※「解放同盟」の皆さんも、こんな手練手管で衰退が止められないことはわかっているはずです。
 ​​馬鹿げたことですね​​​。​
 そうした「解放同盟」の批判勢力の中心として、地域人権連の役割は重要であると考えられますが、神戸においては、同和対策が終結してから長期間経過(22年)しているため、「反解放同盟」「反同和対策」を中心課題とする運動では、ほとんど地域住民が結集できなくなってしまいました。さらに、​神戸市から一文の「同和運動補助金」をもらっていない神戸人権交流協議会は組織を財政的にも維持していくことが困難になったのです。​
​ そこで、「井戸は枯れる前に新しい井戸を掘れ」という諺にならい、地域人権連を卒業して、部落解放運動の民主的伝統を基礎にして、市民の人権と生活を守るため、一般行政水準を引き上げるためのネットワーク型組織へと転換したのです。​
 あたらしい組織の重要な活動として、「部落差別解消推進法」成立の大きな根拠とされたSNSによる「差別言動」に対応するためにブログによる人権問題に関する発信を重要な課題としました。
 
孤立を恐れない人から激励​​
 そうした中、有名なフリーライター寺園敦史氏から心のこもった激励のお便りをいただきました。この手紙は単なる激励文ではなく、部落問題を解決するために孤立を恐れず真実を明らかにしてきた寺園氏の深い苦悩も書かれており、​新しい道を切り開くためには、勇気と決意があっても、一歩一歩、前に踏み出していくのは心細いものであることを深く理解され、孤軍奮闘する私たちに激励を与えてくれる寺園さんの温かい思いが伝わってきました。​
 そこで今回は了解を得て、その全文を掲載させていただきました。
​(神戸人権交流協議会代表幹事 森元 憲昭)​


​​ 寺園 敦史氏​​・フリーライター​​
部落問題と同和利権問題を主なテーマとして、『だれも書かなかった「部落」』 『同和利権の真相』(別冊宝島Realシリーズ)の編集に参加。そのメインライター。『脱常識の部落問題』(朝治武、畑中敏之、灘本昌久共編・かもがわ出版)や『「水平社伝説」からの解放』(朝治武、関口寛、黒川みどり、藤野豊共著・かもがわ出版)の企画、編集にも参加。 


 ぼくが京都市をはじめとする各地の同和行政に関する取材を開始したのは、1990年代に入ってからでした。当時の京都市の同和行政は、「不公正・乱脈」と評される典型的な自治体のひとつで、市議会において自民党議員も「全国最悪」と頭を抱えるほどでした。
 取材に着手した当時は、初めて出会う不合理な行政と運動の実態に、目をまるくすることの連続でした。ただ、しばらくすると、さらに奇妙なことに気がつきます。「不公正・乱脈」だと厳しく批判しているはずの全解連(全国部落解放運動連合会)が、批判する一方でその「不公正・乱脈」行政の施策を享受していることです。巨額の補助金やいわゆる市職員の「同和採用枠」などを最重要視する運動を行っていましたし、会員レベルでも「同和漬け」と揶揄される個人施策を受給している人は多くいました。「不公正・乱脈」行政に依存する実態にありながら、その行政を批判しているという現実があったのです。
 運動幹部の大半は現状を良しとしているわけではなく、なんとかしなければと考えているようでしたが、かといって、組織としても、個人としても、「不公正・乱脈」な施策を自主返上していこうという動きはほとんどなかったと思います。ぼくは発表する記事の中で、行政や部落解放同盟を(解同)批判することに主眼を置きながらも、全解連のこういった実情を指摘しました。これに対し、運動側の反応は、「寺園は部落問題がなんたるかの理解が浅い」「今返上などしてしまうと、解同に利することになるし、地域が混乱する」といったものでした。
 今だから言えるのですが、取材を始めた当初のぼくにとって、こういった反応は少々堪えるものがありました。やっぱり自分の理解が浅いからこんな指摘をしてしまうのだろうかとか、現実は理屈通りに割り切れないのは仕方ないことなのかと、けっこう真剣に悩むこともありました。
 そんなとき知ったのが、当時の全解連神戸市協議会だったのです。このホームページをご覧の方ならご存じのことかもしれませんが、神戸市協では、1980年代からすでに実態に合わなくなった同和施策の是正(その代表例が同和住宅の家賃適正化運動)および自主返上に取り組んでいたのです。理想論や絵空事ではなく、現実に同和行政の正常化・終結に向けて足を踏み出している運動があり、しかも実際成果を挙げている。この事実はぼくの取材活動を支え、確信を与えてくれました。
 その後、2000年代に入ってからですが、京都市の同和行政は大きく終結に方針転換します。もちろん、遅すぎた感はありますが、戦後、全国的に見ても最も重厚な同和対策事業に取り組んできた自治体の転換には大きな意味があると思っています。個別の事業・施策だけでなく、それまで運動団体の特権や特別扱いも廃止となりました。終結したり特別扱いがなくなっても、かつて、運動団体幹部が心配(?)していたような一方の運動団体に利することになったり、地域の混乱が生じることもありませんでした。
 ぼくは記事の中で何度か、この神戸市協の取り組みを紹介したことがありましたが、まだまだ不十分だったのかもしれません。広く市民運動全体に認知され、顕彰されて然るべきことだと思っています。そうなっていれば、一般の部落解放運動のイメージもずいぶん違っていただろうし、いまだに行政頼みの「解放運動」が容認されることはなかったのではないかと思っています。
 今後、インターネットを通して、神戸のみなさんが新たな刺激的な情報発信をされることを期待しています。















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